白南風や校舎に尖る避雷針

与謝野鉄幹、晶子夫妻が岡山県北を訪れたのは昭和八年夏である。その時の歌碑が県北各地に残っている。その旅の最終日に訪れ、晶子が講演を行った女学校が現在の美作高校である。正門を入ったところの植え込みに晶子の<美しき五群の山に護られて学ぶ少女はいみじかりけれ>の歌碑がある。正門から道を挟んだところにある体育館からは、夏休みの間も絶えず少女たちの声が聞えてくるが、対照的に歌碑のある校舎側は、夏休みの学校の静寂に覆われている。かつては女子高でしたが、今は共学で男子もいます。(2001年夏詠)

「白南風や校舎に尖る避雷針」への2件のフィードバック

  1. 何年前でしたか、津山の吟行で、鶴山公園から衆楽園への道をお供して歩いたことを思い出します。なんともよろしき佇まいの町でした。掲句、青い空に流れる真っ白な雲が見えてきますね。

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