秋時雨音なく露台染まりゆく

小高い丘の上にあるレストランの部屋からは、バルコニーと遠く中国山地の山並が眺められた。普段は使われないのであろうバルコニーには、畳まれたパラソルや生ビールの樽が、テーブルと一緒に夏の名残りのように片寄せて置いてあった。句会が終わり、隙間のような時間が過ぎていた。ぼんやりと目をやっていたバルコニーに、急に影が走ったような気がしたと思ったら、テーブルも床も黒く染まって行った。(2010年秋詠)

故郷に海在らざりし小豆干す

笊に入れた小豆を転がすと海の音がする。小学校の学芸会の演劇で使った効果音はこれだった。昔はラジオや映画での効果音も、笊ではないが似たようなものが使われていたらしい。山の中で育ち、本物の海の音なんて聴いた記憶は無かったから、ラジオや映画であこがれつつ聴いていた海の音は、ほとんどがこれだったのではないだろうかと、今更ながらそう思う。(1999年秋詠)

まだ青き毬ふみ分けて栗拾ふ

さて、公園でしばし休憩のあとは一気に棚田の縁まで上り、棚田を見下ろしながら山道を駐車場まで歩きます。山道には日蔭と日溜りが交互にあります。日蔭に入ると寒さを感じますが、日溜りに咲いた釣船草には虫たちが群れて賑やかです。山からせり出した栗の木からはまだ青い毬が落ちています。たいていは空っぽですが、中には落ちたばかりの毬もあり、艶やかな栗が顔を覗かせていることもあります。両方の靴で毬を踏んで、刺の間から上手に栗を拾うのも、秋の楽しみの一つですね。一先ずこれで棚田吟行は終りです。<その10>(2009年秋詠)

秋晴や棚田づたひに宅配車

棚田の底の公園から見ると、上部の棚田の縁のようなあたりに民家が点在しています。その家々をつなぐように、道もまた棚田に沿って、上ったり下ったりしているのです。エンジン音に目をやると、そんな棚田沿いの坂道を見慣れた宅配車がゆっくりと上って行くのが見えました。走っているのはその車だけで、ちょうど映画のワンシーンかなにかのように見えました。<その9>(2009年秋詠)

秋日濃し二人ベンチに語らへば

一時間ぐらいは歩いたでしょうか、公園まで下りた頃には霧は完全に消え、暑いほどの秋晴になっていました。四阿のベンチでしばらく休憩です。俳句のあれこれを話していると、つい時間を忘れてしまいます。句友っていいものですね。時々「句敵」などと言われますが、、、。<その8>(2009年秋詠)

溝蕎麦や崩れ木橋の高さまで

棚田に沿う水路はやがて集まり小川となります。小川もすでに水は少なく、一面に秋草に覆われています。中でも大きく育った溝蕎麦の薄いピンクの花が群れ咲く様は、花の中に橋がかかっているようで、しばらく見とれてしまいました。<その7>(2009年秋詠)

穴まどひ逃げるが勝と隠れけり

軽トラックがやっと通れる棚田の道では、田の畦に上がって車をよけます。そこに居たのは先客の蛇でした。基本的には人間と争う気はありませんが、割り込んで来たのが好奇心旺盛な俳人とあってはなおさらです。こそこそと石垣の隙間に隠れてしまいました。案の定句友はその辺りを熱心に覗き込んでいましたが、時すでに遅く影も形もありませんでした。畦の草むらでゆっくり日を浴びて居たかったであろう蛇には悪いことをしましたね。<その5>(2009年秋詠)

かそけしや田仕舞あとの水の音

棚田沿いには道と一緒に細い水路があります。収穫が終わり仕事を終えた水路には、申し訳程度の水が流れ、小さな音をたてています。春先の勢いのある水音も好きですが、秋の歌うような細い水音も好きです。やがて長い冬の眠りにつく棚田の子守唄のように聞えます。<その4>(2009年秋詠)

草紅葉歩幅小さく坂下る

段々になって居れば棚田かと言うとそうでもなく、傾斜度が20分の1以上を棚田と言うそうです。20分の1と言うと、20m行って1m下ることになります。大垪和西の棚田はそれよりはるかに急で、ちょうどすり鉢の傾斜ぐらいはあるでしょうか。道はコンクリート舗装されていますが、すべりそうで、歩きなれていても小幅になってしまいます。なれていないともっと小幅に、、、。<その3>(2009年秋詠)