初冬のくず菜投げ込むコンポスト

もう三十年ばかりコンポストを使っています。残飯を堆肥にして土に戻すというアレです。市から補助が出て、ずいぶん安く手にいれた記憶があります。一杯になって来たら違う場所に穴を掘って移動しますが、その係は、もちろん私です、、、。昔は年に何回も移動していましたが、二人暮しになって残飯もめっきり少なくなりました。完璧かと言うとそうではなく、夏場は虫が発生したりもしますが、それでも飽きずに使い続けています。(2010年冬詠)

暖房の部屋に力の抜けにけり

緊張の糸がプッツンと切れて、身体中の力が抜けてしまう、温かい部屋にはそんな力があると思いませんか。倉敷まきび公園での吟行を終え、句会場のマービーふれあいセンターへ入った時に急に出来た句、当日出した七句のうちで最も採ってもらえた句。寒い日でしたね。(2008年冬詠)

人消えてよりストーブの音高し

大勢でワイワイやっていると、気にはならないし、どうってことはないのだが、そんな部屋に一人取り残されると、急に周囲の音が気になり出す。人が去り、ストーブの火を消し、部屋を去るまでのわずかな時間、、、。(2008年冬詠)

枯蟷螂這ふとき鎌も使ひけり

冬に入り昆虫が少なくなった中で、蟷螂(それも枯色の)は比較的目にすることが多い。蟷螂はもともと飛蝗や蝗のように活発に飛び回る虫ではないが、この時季になるとよけいに動きが遅い。一日経ってもほとんど同じところに居ることがある。犬の鼻が近づくと、一応身構えるので、生きてはいるらしい。雌ならすでに卵を産んで、死にむかうところかも知れない。雄ならばそんな雌に食べられそこねてうろついてる、哀れな一匹なのかも知れない。(2010年冬詠)

水鳥のけんか水鳥遠巻に

散歩コースの吉井川では、今年は水鳥の出足が遅く、番の鴨を何組かは見かけますが、まだ群になっている姿がありません。昨年は十羽を越す群が何組もあって、そんな中の群の一つで見かけた喧嘩です。単なる内輪もめでしょう、周りの鴨たちはちょっと迷惑そうに見えましたので、、、。(2011年冬詠)

暁のターンと狩猟解禁日

後で調べてみたら、狩猟は11月15日の日の出の時刻に解禁されるようだ。即ち、ちょうど散歩の時刻になる。寒くなり、しだいに増えていた鴨が、この音でしばらく姿を消してしまう。ほとんどが一時避難し、何羽かが犠牲になるのだろうが、その何羽かを思うと辛い。(2011年冬詠)

着ぶくれて記念撮影押し合へり

津山市の文学の俳句部門で賞をいただいたのが2002年です。文化センターの会議室でセレモニーがあった後、ホールの玄関前に出て記念撮影がありました。西東三鬼の「花冷・・・」の句碑が見えるあたりです。その時に出来たのがこの句です。花冷どころか11月の寒い日でした、、、。その前年に佳作を頂きましたが、その時には「俳句はネットで、、、」と言うと、何人かの方から奇異な眼差しが返って来ました。一年経ってやっとネットでの俳句が認知され始めたのでしょう、この時には素直に受け入れていただけました。(2002年冬詠)

夜神楽の神と人とに同じ闇

神楽は宵祭の深夜まであります。神社の本殿が舞台と客席になります。本殿の外にも人が溢れ、さらにその外の一角で、焚火の火が赤々と燃え上がっています。一杯機嫌の大人たちは、炎の熱に顔を背けながら、最近見てきた神楽やら、神楽太夫の評価やら、神楽談義に余念がありません。神楽に飽いた子どもたちは、そんな大人たちの間にもぐりこんでは暖を取り、また本殿に戻って行くのです。(1999年冬詠)

夜神楽の酔のまはりし足運び

美作地方の祭は「だんじり」が主役になりますが、私の育った備中地方では「備中神楽」が主役となります。娯楽が少なかったこともありますが、子どもの頃から慣れ親しんだ太鼓の音を聴くと、今でも心がはやります。どうしても贔屓目に見てしまうのですが、全国にいろいろな神楽がある中でも、備中神楽は最高です。(2000年秋詠)