同年と見えて恩師や雪の果

還暦同窓会それにしても寒い日だった。雪のちらつく中での記念撮影、「雪は意外と大きく写るんですよ」と雛壇に並んで更に数分待たされた。おそらく全員が薄くなった髪を風に煽られ、顔の強ばった散々な写真が送られてくるのではなかろうか。やっとY先生にお会いできた。俳句に評をいただいたりしながら、お会いするのは卒業以来だった。先生は中学の頃より痩せられ、素敵な女性に変身されていた。ロビーに入って来られたときには同窓生の誰かかと思ったほどだった。案の定Y先生は人気の的だった。写真は先生方が先に帰られ、終盤にさしかかった頃、それぞれに重ねた歳が見えるので小さく。還暦同窓会は二度と来ない。地元に残りいつも幹事を務めてくれる方々に感謝。帰る頃にはまた雪が舞い始めていた。(2012年春詠)

さまよへる老犬ひとり朧の夜

我家の最年長のプードル。既に目は見えず、耳も聞えず、かろうじて鼻が利く程度で一日の殆どを寝て暮すが、目覚めると、時に鳴きながら、時に黙々と部屋をさまよう。あちらにぶつかりこちらにぶつかりしながら、やがて自分の居場所までたどり着き、また眠りに就く。さすがに最近は調子の悪いことも多く、いつ死んでもおかしくないとは思っているが、食事をきちんと食べてさまよっているうちは大丈夫ではなかろうか。人間と同じで、食べたことを忘れるのは困り物だが・・・。(2012年春詠)

花冷や閉ざす町屋の忌中札

ネットで俳句を始めて5年目ぐらいの頃、吟行も句会もこれが始めてだった。倉敷でオフ句会という甘い言葉に誘われて出かけたが、いきなり五句出句と聞かされ唖然としながら作った句。アイビースクエアから阿智神社へ向かう途中の立派なお宅、忌中札が貼られ閉じられた木戸がいかにも寒そうだった。あれから10年、今では倉敷へは年に何度も吟行に出かけるが、あのお宅がどのお宅だったのか未だに分からない。とにかく夢中で過ごした一日だった。そして私が初めてH女史に会ったのもこの時だった。水色のカーディガンを着た女史はひときわ目立つ存在で、すでに風格すら漂わせていたのである。(2002年春詠)

ハローワーク出でてしばらく春愁に

失業認定日、朝からハローワークへ。書類を提出後しばらく待機、簡単な面接を受け書類に不備もなく失業中と認定される。これで数日中に銀行口座へ給付金が入金される。次の認定日用の書類を受け取り終了となるが、何度も足を運ぶのは面倒なのでついでに職業相談を受ける。これが結構待たされる。たぶん定年退職ですぐに働く気も無さそうに見えるから後回しになるのだろう、と思うのは偏見だろうか。待たされる間に受付を見ていると、老若男女さまざまな年代のさまざまな人がやって来る。これがすべて失業者なのか、今自分もその一員なのかと思うと複雑な気持ちになる。行く度にその思いが強くなる。相談員の当たり障りのない話に礼を言って外に出るとドッと疲れが出たような気がする。(2012年春詠)

家出猫戻らず三日春の雪

夜出してやると朝には戻って窓のところで待っている。「ゆき」はそんな猫だった。何日か帰らないことは前にもあったが、それが猫の習性と理解していた。しかしその時は違った。一日目から変な予感がして、通勤の途中に姿を捜したりした。次の日も帰らず、三日目の朝が雪となった。大きな春の雪がしきりに降っていた。なぜだか解らないが、もう帰ってこない。ふっとそんな気がした。(2011年春詠)

薬師寺の塔の頂鳥交る

妻のお供のバスツアーで奈良に遊んだ時の句。梅が盛りを過ぎた頃だったが寒かった記憶がある。薬師寺の東塔の上から二羽の雀が賑やかに、縺れるようにして落ちてきた。下まで落ちるのかと思うと何層目かでするりと反転し、また上のほうへ飛んで行った。(2001年春詠)

光りつつ解けつつ白く別れ霜

今朝の風景。霜が降りた寒さの中にお彼岸らしい空が広がっている。実際は五月の連休ごろにも霜が降りることがあり、猫の額ほどの家庭菜園に植えた野菜苗が被害を受けることがある。その頃の霜を別れ霜と言うのだろう。まあ、季節を先取りするのが俳人だから、許されるかな。(2012年春詠)

うたたねの父のおとろへ春時雨

今日3月18日は父の命日。年末に入院、肺炎ということなのに一向に良くならない、おかしいなと思っているうちに病院から呼び出し、肺癌で余命一ヶ月と告げられた。掲句はその一ヶ月目ぐらいの頃の句。まだ差し迫った感じはなかったが、痛み止めの薬のせいか無防備に眠る父を見るのは辛かった。病室の明るい窓を春時雨が打っていた。(2003年春詠)

食堂に若芽売り来て磯香る

社員食堂には実演販売や物売りの類がよく来た。若布売りもその中の一つである。食堂の丸椅子に着くとすぐに用意してあったスチロール製の小さな容器が配られる。中にはポン酢を垂らした深緑色の若芽が入っている。口に運ぶと若布の香りと一緒に海の匂いがする。美味。ほんの半口ほどしかないこの味につられて、おばちゃんたちは次々と大量の生若布を買うことになる。(1999年春詠)