春時雨那岐連山をかくしけり

梅の里は津山市の梅の名所。展望台まで登ると、岡山県北一帯の山々がよく見える。結構高い位置なのだろう、山の向うに次の山が見える。那岐山は岡山県と鳥取県に跨る標高1255メートルの山、梅の里から見えるかどうか、正確なところはわからないが、見えるとすればこちらかと思われる方向が雲に覆われ、雨に煙っていた。那岐連山と言うかどうかも怪しいものですが、、、。(2010年春詠)

冷たさのひとかたまりや落椿

落椿を手に取ると重さと共にその冷たさに驚く。倉敷安養寺吟行での句。山門をくぐったところに一本の椿があり、その下に数個のまとまった落椿があった。思わず触れてみた。余談になるが、安養寺近くの山で鴬が鳴いていた。実にきれいなホーホケキョだった。今住んでいる岡山県北のこのあたりの鴬はホーホケキョケキョと鳴くことが多い。<正調の鶯鳴けり安養寺>(2010年春詠)

白木蓮を一両過ぎて汽車止まる

初めての句会からの帰りに作った句。各駅停車の津山線は眠るにはちょうどいい。程よい満足感と疲れで案の定眠っていたらしく、車内放送に目覚めたのはだいぶ津山寄りの小さな無人駅だった。スピードを下げていく車窓からホームに咲く白い大柄な花が見えた。白木蓮だと気付くのと、ブレーキの音と、ちょうど一両分ほど行き過ぎて車両が止まるのと、わずかな時間の出来事だった。(2002年春詠)

消防のもぬけの車庫や春燈

今は移転したが少し前まで我家から50mほどのところに消防署があった。消防署と言っても平屋建ての小さな支署で、消防車と救急車が各一台、消防士さんも10人に満たないほどだった。人数は少ないが、毎朝の点呼や訓練の時には大きな声が我家まで響いてきた。昼間通ることはほとんどなかったが、ある春の午後通りかかると救急車も消防車も出払って、赤いランプだけがぽつんと灯っていた。やけに静かだった。(2000年春詠)

初蛙するりと箒抜けにけり

一度に春が来たような日だった。そろそろやっておかなければ手がつけられなくなる庭の手入れ、手始めに落葉を掃いていると箒から零れるようにするりと残ったものがある。もう一度掃こうとして保護色の蛙であることに気付いた。「おいおい、気をつけてくれよ!」と言わんばかりの顔をしていたので「ごめ~ん」と一枚パチリ。初蛙(2012年春詠)

欠落の記憶たどりて日永かな

同窓会余談。顔が判らない人があろうことは予想していたが、そんな彼らと話していて、記憶に完全に欠落している部分があることに気付かされた。これはショックだった。今日一日なんとか思い出そうとしたが、どうしても出てこない。そんな事があったような気はするのだが、、、。辛かったことや悲しかったことは消えればよいが、楽しかったことまでが消えて行くものなんだ。(2012年春詠)

同年と見えて恩師や雪の果

還暦同窓会それにしても寒い日だった。雪のちらつく中での記念撮影、「雪は意外と大きく写るんですよ」と雛壇に並んで更に数分待たされた。おそらく全員が薄くなった髪を風に煽られ、顔の強ばった散々な写真が送られてくるのではなかろうか。やっとY先生にお会いできた。俳句に評をいただいたりしながら、お会いするのは卒業以来だった。先生は中学の頃より痩せられ、素敵な女性に変身されていた。ロビーに入って来られたときには同窓生の誰かかと思ったほどだった。案の定Y先生は人気の的だった。写真は先生方が先に帰られ、終盤にさしかかった頃、それぞれに重ねた歳が見えるので小さく。還暦同窓会は二度と来ない。地元に残りいつも幹事を務めてくれる方々に感謝。帰る頃にはまた雪が舞い始めていた。(2012年春詠)

さまよへる老犬ひとり朧の夜

我家の最年長のプードル。既に目は見えず、耳も聞えず、かろうじて鼻が利く程度で一日の殆どを寝て暮すが、目覚めると、時に鳴きながら、時に黙々と部屋をさまよう。あちらにぶつかりこちらにぶつかりしながら、やがて自分の居場所までたどり着き、また眠りに就く。さすがに最近は調子の悪いことも多く、いつ死んでもおかしくないとは思っているが、食事をきちんと食べてさまよっているうちは大丈夫ではなかろうか。人間と同じで、食べたことを忘れるのは困り物だが・・・。(2012年春詠)

花冷や閉ざす町屋の忌中札

ネットで俳句を始めて5年目ぐらいの頃、吟行も句会もこれが始めてだった。倉敷でオフ句会という甘い言葉に誘われて出かけたが、いきなり五句出句と聞かされ唖然としながら作った句。アイビースクエアから阿智神社へ向かう途中の立派なお宅、忌中札が貼られ閉じられた木戸がいかにも寒そうだった。あれから10年、今では倉敷へは年に何度も吟行に出かけるが、あのお宅がどのお宅だったのか未だに分からない。とにかく夢中で過ごした一日だった。そして私が初めてH女史に会ったのもこの時だった。水色のカーディガンを着た女史はひときわ目立つ存在で、すでに風格すら漂わせていたのである。(2002年春詠)