八月のいきなり鵙の鳴く日かな

八月になると鵙の甲高い威嚇するような声が聞こえるようになる。それもいきなり、散歩の途中の二階建ての家の一番高いテレビアンテナの上から降ってくる。あの声を聞くと秋が来た事を感じる。実際はまだ八月で、昼間は相変わらずのうだるような暑さにまいっているのだが、、、。(2017年秋詠)

鵙鳴けど気にせぬ老爺浮子眺む

昨年のちょうど今頃、車でやって来て田圃の脇の水路で魚を釣る老人があった。近くの樹上で鵙がしきりに鳴いていたが気にならない様子で椅子に座り、釣りに没頭していた。車はシルバーマークの付いた新しい軽のワンボックスで、後には何本も釣り竿が並べて載せてあった。次の日も同じように鵙の鳴く下に老人の姿があった。その日はちょうどこちらを向いていたので、挨拶をしたら返事が返ってきた。鵙の声が聞こえないのではないらしい。そんな事を思いながら、何の気なしに車の後を見たら、昨日綺麗だった後が大きくへこんでいた。何だか気の毒で、何だか可笑しかった。今年も鵙の声が聞こえだしたのでその事を思い出して、そろそろまた会えるかと楽しみにしていたらやはり現れた。挨拶をして、念のために車の後を見ると、綺麗に治っていた、、、。(2015年秋詠)

それ以上来るなと鵙が頭上より

今年はいつまでも暑く、秋が来るのが遅かった。それなのに、九月に入るともう河原の木には、蛙や虫たちが刺さっていた。それも日毎に数が増えて行く。いわゆる鵙の早贄。早贄だから早くても良いのかと、いいかげんな事を考えていたが、昨日通るとすっかり無くなっていた。人間が悪戯に取ることも無いだろうから、きっと鵙が食べたのだろう。鵙は贄を作って、そのまま忘れてしまうものと思っていたが、これは新しい発見、、、。一説には、雪国では鵙の作る贄の位置でその年の雪の深さが分かると言うから、間違いに気付いた鵙が、もう一度やり直そうとしているのかも知れない。今年の冬は寒いそうです、、、。(2010年秋詠)