住み旧りし空広き地の鰯雲

私の育ったところは両側に山が迫ったⅤ字型の谷底のような所でした。だから空も狭く、鰯雲は山から山にかかり空一面を覆ってしまいます。それに比べると今住んでいる所は空が広い。高い建物もなく、空がずいぶん遠くまで見えます。だから鰯雲も空一面を覆うなんてことは無く、のんびりと流れて行くように見えます。鰯雲を見る度に空の広さを想い、この地で過ごした年月を想い、そして想いはいつの間にか故郷へと移って行くのです。故郷で過ごした年月は、今ではこの地で過ごした年月の何分の一かに過ぎないのですが、、、。(2017年秋詠)

鰯雲検診車より吐出され

会社の健康診断はレントゲンと心電図の検診車、それに社内の空き部屋を使っての各種検査、最後に医師の簡単な問診と指導がある。医師は極端に若いか、現役を退いたようなお年寄りが多かった。何年も続けて同じ女性の老医師が来られたことがある。この方は、ご自分の人生経験を踏まえた、親切な若者を諭すような話し方で、好感が持てた。ある年特に相談したい事も無いので「先生、失礼ですけどお歳は?」と聞いたら「あなたねえ、レディーに歳を訊くものじゃあないわよ。八十を越えましたよ」と、笑いながらやさしく話された、、、。(1999年秋詠)