俳人の見つむる先の秋日かな

倉敷美観地区にある新渓園の四阿に我が師富阪宏己の姿を見つけた。一心不乱に句作されている姿は近寄りがたい。何を詠もうとされているのか、その視線を追った先には溢れる秋の日差とロダンの像、さてどんな句になるのだろうと楽しみに思いながらその光景を記憶に焼き付けた。ついでに俳句帳にも、、、。昨年の今日、これがお元気だった師との最後の句会となってしまった、、、。(2018年秋詠)

「俳人の見つむる先の秋日かな」への2件のフィードバック

  1. つい最近、予備校講師として一世を風靡した金ピカ先生が亡くなったとか、なんと68歳同年代だった。
    俳人の先輩が見つめておられた先の秋の日、我々の人生も今はもう秋だろうか?春は通り過ぎ夏も終わったのでしょう。
    秋だとすれば、実りの秋であって欲しいです。
    そして冬はまだ先と思っています。

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