煌々と裸電球懸煙草

父が役場に出だしたのは私が小学生になってからで、それまでは葉煙草農家だった。その頃の葉煙草の生産は子供の眼から見ても大変な作業だった。暑い盛りに収穫し、縄にずらりと吊るして乾燥場に入れる。乾燥場には大きな窯場があって、これまた暑い盛りに何日も温度と湿度を管理しながら火を焚き続けるのである。何人かの生産農家の若者の共同作業で、乾燥場に併設された裸電球の下がった板場に茣蓙を敷いただけのようなスペースで仮眠を取りながら交代で火の番をする。夜ともなればその裸電球の下で、関係のない近所の若者までが集まって毎晩のように酒盛りが始まるのである。子供が乾燥場に居るのを許されるのはその頃までで、煌々と輝く裸電球と大人の笑い声を振り返りながら自分の家に向かうのだった、、、。(2018年秋詠)

「煌々と裸電球懸煙草」への6件のフィードバック

  1. へー!葉煙草の生産にその様な作業があったなんて全く知りませんでした。
    若い農家の人にとっては、きつい仕事ながらも仲間達との酒宴は楽しみでもあったのでしょうか。
    牛ニさん、お前も飲め!なんて言われた事は無かったですか?

    1. まだ学校へ上がる前の子供ですからね。
      隠すようにウイスキーのビンが置いてあったのを覚えています。

  2. 句だけ読んでも、様子が見えてきます。良い句ですね。
    また、文を読んで温度、湿度の管理で徹夜作業の大変なことが分かりました。

    1. ありがとうございます。
      この後日談になりますが、葉煙草農家も機械化が進み全自動の乾燥機を使うから今では稲作農家よりも仕事は楽だと聞いた事があります。これも既に何十年か前の話になります。
      今は健康志向で、葉煙草生産も少なくなったようですね。

  3. 先日、人気番組「ぽつんと一軒家」で、六十代の夫婦が牛二さんの解説どおりのやり方で、今も葉煙草を乾かしておられましたよ。私も自分の仕事を辛抱がいるなあと思っていましたが、その何倍も大変そうでした。酒盛りの話には驚かされました。

    1. あの番組ではビニールハウスを使っていましたね。あれでも昔に比べると便利だろうと思いました。昔は赤土の壁の窓の無い背の高い建物でした。今でも岡山県の中部の山村に行くと残っています。
      酒盛りもですが、魚を捕って来て焼いたり、側を流れる川の上に板を渡して床を作って昼寝をしたり、今のBBQかキャンプのような雰囲気でした。
      その主役だった方々も今では皆さん鬼籍に入られて、記憶しているのもたぶん私だけでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です