枯野行く一つの影となりて行く

枯野を歩いていた。上空の声に見上げると、はるかな高みに鳶の姿が見えた。空から見ると、人間なんて小っぽけな物なんだろうと、そんな事を考えた。眼を落したその先に、自分の影が小さく見えた、、、。(2012年冬詠)

「枯野行く一つの影となりて行く」への4件のフィードバック

  1. 旅に病で夢は枯野をかけ廻る
    芭蕉は夢でかけ廻りましたが、牛二さんは影になりましたか。

    1. どんな夢だったのでしょうね。
      現代は日々上空から撮影した動画が流れますが、芭蕉は想像はしたでしょうが実際にはそういう動画を見ていない訳です。
      当然ですが芭蕉がもし上空からの動画を見ていたら句風にも影響したと思われますね。

  2. リフレインが効いて、影がどこまでも歩いてゆくようですね。
    昨日は児島の句会に先生がみえました。順調な快復をはっきりと感じました。駅近くの庭園へご案内すると、兼題が「枯萩」だったので、すぐに、<枯萩の枯山水となりにけり>とちゃめっけたっぷりに詠まれました。ちなみに私は、吉備路吟の<萩枯れて一つ年とる野の仏>で高得点を頂きました。私の句ではないような渋さでしょう?

    1. <枯萩の枯山水となりにけり>順調で何より、楽しみです。
      それにしても<萩枯れて一つ年とる野の仏>とはすごい句ですね。
      ドキッとしてしまいました。
      吉備路は久しく通り過ぎるばかりです。
      また一緒に吟行しましょう。

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