花冷や閉ざす町屋の忌中札

ネットで俳句を始めて5年目ぐらいの頃、吟行も句会もこれが始めてだった。倉敷でオフ句会という甘い言葉に誘われて出かけたが、いきなり五句出句と聞かされ唖然としながら作った句。アイビースクエアから阿智神社へ向かう途中の立派なお宅、忌中札が貼られ閉じられた木戸がいかにも寒そうだった。あれから10年、今では倉敷へは年に何度も吟行に出かけるが、あのお宅がどのお宅だったのか未だに分からない。とにかく夢中で過ごした一日だった。そして私が初めてH女史に会ったのもこの時だった。水色のカーディガンを着た女史はひときわ目立つ存在で、すでに風格すら漂わせていたのである。(2002年春詠)

「花冷や閉ざす町屋の忌中札」への2件のフィードバック

  1. 私にとっても、生れて初めての恐ろしい吟行でした。だから、牛二さんの忌中札の句はよく覚えていますよ。俳句とは十日に一句ほど自然に湧いてくればそれでよかったのに、なんで一時間ほどのうちに五句も無理やり作らなくちゃならないのかと、しかもこの人たちは夜も明日も句会をするという、異星人のなかに放り込まれたような身の置きどころのない時間でしたよ。なかば放心状態であったのが、風格のようなものに見えたのでしょう。あのころはヘモグロビン値が健康な人の半分しかないというひどい貧血で疲れやすく、こんな俳句好きな人たちと長くいれば死んでしまうと、早々に家に帰ったのでした。

    あれから十年、ずいぶん私も変りました。一週間に十日でも句会がしたいだなんて。。。

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