峰雲や父の手になる塩むすび

私は一人暮らしもしたし、料理、洗濯は苦もなく出来るが、父は全くやった事のない人だった。そんな父が家事を始めたのがこの年だった。もちろん理由があっての事で、以前から身体の具合が悪かった母が、とうとう無理が出来なくなったからだった。父は元々器用な人だったので、おむすびも多少大きいぐらいで、立派なものだった。母は、「味噌汁も作ってくれるんじゃがなあ、今までしたことがねえから、野菜を食べれんほど大きゅう切るんじゃ、・・・」と文句を言いながらも嬉しそうだった、、、。思えば長年尽してくれた母への、父の最初で最後の女房孝行だったようで、父が亡くなったのは翌年だった、、、。(2002年夏詠)

「峰雲や父の手になる塩むすび」への4件のフィードバック

  1. 自宅に住んでいた頃からカレーや自分の夜食等は時々作ったけれど、会社に入って一人住まいになってからはいろいろと料理をしました。
    おかげで単身赴任生活6年半も困る事は無かったです。
    でも最初の頃は味噌汁を作るのに出汁をとる事を知らず、味噌を溶いただけの味でした。
    実家と同じ味噌を使っているのにどうも母の味噌汁の様な美味しさが出ないと悩んだ事もありました。
    出汁無しの味噌汁を飲ませた人にごめんなさいです。
    男子厨房に入らずの教えを守って来たであろうお父さんが厨房に立たざるを得なくなった事は残念ですがお母さんへの孝行は良かったのでしょう。
    牛二さんの得意料理は何ですか?

  2. お父さんの塩むすび お父様へ捧げる思い出深い句になりまりましたね、お亡くなりになって早や10年の歳月でしょうか。
    遠く仰ぎ見る峰雲 季語の使い方 上手いですね。

    お陰さまで この句から 子煩悩だった父を改めて偲ぶ機会を得て感謝します。

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