蔵街の大樽干せる日永かな

初めて句会に出たときの句です。今でこそ倉敷美観地区は行くことが多いですが、美観地区もこのときが初めてでした。倉敷川の流れや美術館前の人の数は今と変わらないと記憶していますが、その他はどうなんでしょう。とにかく夢中の一日で、覚えているところが少ないのです。この大樽もどこだったか、、、。(2002年春詠)

「蔵街の大樽干せる日永かな」への4件のフィードバック

  1. 倉敷の名前は昔から有名だけど自分にとっては岡山へ行く伯備線で通り過ぎる場所でした。
    美観地区に初めて行ったのは会社に入った後だと思います。
    最近の美観地区は増々整備されよりきれいになり、お店が並ぶ区域も広がった様な気がします。いい事でしょう。

  2. 懐かしいお話です。牛二さんにお会いしたのも、あのときが初めてでしたね。11年になりますか。あのころの私は出不精で、家で仕事さえしていればご機嫌でした。人前に出るのが大の苦手でした。遠来の皆様を残して早く帰って失礼しました。11年という俳句との係わり合いが私をずいぶん変えました。今は仕事も家事もめんどうで、外に出ていればご機嫌です。人前に出るのも平気になりました。倉敷の堀端も牛二さんも昔とお変わりないように思います。

    1. お互い俳句と出会えて良かったですね。
      俳句との出会いがなかったら、あの日の句会に出ていなかったら、と考えると不思議な気がします。
      俳句を通して出会った皆さんに感謝しています。
      中でもひとみさんには今でもお世話になりっぱなしですね、、、。

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