神木の真実枯れて梅雨茸

小さな神社の狭い境内に大木が何本も生えている。ご神木になっているため伐採も出来ず、走り根に走り根が重なり、歩くのもままならない。そんな境内の一隅に、雷でも落ちたのだろうか、幹が大きく裂け、高い位置に洞の出来た杉の古木があった。傷んではいるものの、枝には緑の葉をつけ、それなりにご神木の風格が感じられた。掲句の年、境内の一本の走り根に沿って、多量の梅雨茸が生えているのを見つけた。走り根を辿っていくとその古木に行き当たった。見上げると枝は緑を失い、既に生気は感じられなくなっていた、、、。(1999年夏詠)

「神木の真実枯れて梅雨茸」への2件のフィードバック

  1. 梅雨茸、これも初めての言葉。
    ごめん、中の句の意味が分かりません。教えて下さい。

    1. 「つゆきのこ」梅雨時に生える毒きのこです。
      「本当に枯れた」ぐらいの意味で、失敗作ですね。
      命って不思議なもので、枯れたように見えても実はまだ命があり、その命が本当に潰えた途端にそれを他の命が糧にして息づいてくるのを眼にすることがよくあります。

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