幹枯れて我が物顔に梅雨茸

四五年前から枯れ始めた栗の木に全く芽が出なくなったのは昨年の春。そして昨年の梅雨時、ふと見たその栗の木の幹の根元あたりに毒々しい赤い色の大きな茸がずらりと。栗の木の死を実感した瞬間でした、、、。(2022年夏詠)

半ば枯れなかば生くる樹梅雨茸

数年前から衰えの見えていた栗の木、昨年はまだ半分ぐらいは青い葉が見えていましたが、今年は完全に枯れたようです。掲句の昨年すでに木の根元に見えていた梅雨茸、今年はますます元気で、徐々に木を占領しつつあるようです。鮮やかな土色です、、、。(2021年夏詠)

つま先で突くつんつん梅雨茸

雨が降ると途端に出てきます。不思議ですね。河原に野球ボールより少し小さめの白い球体が等間隔で三個、つついてみましたがまだ堅そうでした。ボンと割れて中から白い煙が、なんて事を期待したのですが、、、。(2021年夏詠)

傘踊りほどに並びて梅雨茸

台風のさ中、お越しいただきましてありがとうございます、、、。二三日雨が続くと、何でもない道べりに茸が生えることがある。それも一度にきちんと並んで。まるで傘踊りの行列みたいだ、と思ったときの句です。さて、台風が過ぎればそろそろ梅雨明けでしょうか、、、?(2014年夏詠)

神木の真実枯れて梅雨茸

小さな神社の狭い境内に大木が何本も生えている。ご神木になっているため伐採も出来ず、走り根に走り根が重なり、歩くのもままならない。そんな境内の一隅に、雷でも落ちたのだろうか、幹が大きく裂け、高い位置に洞の出来た杉の古木があった。傷んではいるものの、枝には緑の葉をつけ、それなりにご神木の風格が感じられた。掲句の年、境内の一本の走り根に沿って、多量の梅雨茸が生えているのを見つけた。走り根を辿っていくとその古木に行き当たった。見上げると枝は緑を失い、既に生気は感じられなくなっていた、、、。(1999年夏詠)