春泥をちらし轍の新しく

土手から河川敷への降り口、舗装が終わったところから春泥の道となる。何台も通るものだから次第に掘れて、水たまりが出来ている。そうすると今度はその水たまりを避けるようにして轍が出来る。この繰り返し、、、。(2017年春詠)

春泥や轍伝ひに行潦

午後の散歩で出会うその女性は、近くに一軒だけある個人商店へ日々の食材を買いに、毎日通われているようだった。最初はヨチヨチ歩きの子供を連れていた頃で、それで声をかけて頂けたのだろうが、以後会釈を交わすようになった。私の連れている子供はやがて二人目に替わり、そうこうしているうちに犬が加わり、犬だけになり、今では大きな黒ラブに替わっている。女性のほうはいつも農作業用の帽子をかぶり、長い間自転車で乗って通われていた。その帽子は今も全く変わらないのだが、この冬から自転車が手押し車に変わってしまった。ちょっとした坂道も平気で登っておられたのが、最近は途中で休まれていることが多い。そんな時に挨拶をすると、目深にかぶった農作業用の帽子の下から弱弱しい笑顔が返ってくる、、、。(2014年春詠)

幾年も越えし春泥越えにけり

河川敷の公園が河原だった頃を思い出してみると、その頃にいつも水がしみ出ていたような場所は、整備された後も同じように少しの雨でも水溜りが出来て、春の間は「エイヤッ!」と気合を入れて飛び越えなければならないようになる。もう何年になるのだろう、と思いながら飛び越したときの「エイヤッ!」と作った句、、、。(2014年春詠)

春泥の乾きて車庫のトラクター

古くもなく新しくもない、と言った風情の住宅街だった。少なくとも見える限り通の両側は庭付きの普通の民家で埋まっており、農家らしい家など見当たらなかった。そんな中の通に面したシャッターの上がった車庫を覗くと、車ではなく大きなトラクターが入っていた。農家らしくない佇まいの家の車庫の中でトラクターは、「どうだ」と言わんばかりに、外車なみの存在感を見せていた。大きなタイヤには土が乾いていたが、、、。(2012年春詠)

春泥に一枚渡す板の橋

山も荒れているだろうと思いながら道を辿ると、昔から足元が悪かった場所に荒削りの板を渡しただけの簡単な橋が架けてあった。ああ、まだ山仕事をする人があるのだと、少し安心した。林業が盛んだった頃に整備された道も、今は歩くのもままならないような状態だが、そんな中に人の通った跡が続き、辿るとたくさんの椎茸の原木を並べた場所に出た。山の中でそこだけが明るく、たくさんの春子が芽吹いていた、、、。<その8>(2009年春詠)