時鳥たちまち遠き声となる

私が過ごした学生寮は小高い丘を切り開いた林の中にあった。夏になるとうるさいぐらいに時鳥が鳴き交し、お盆を過ぎると波のように蜩の声が押し寄せた。とある夏の夜、疲れた眼を癒そうと窓を開けた時、赤っぽい夏の月に向かって鳴きながら飛んで行く時鳥の姿が見えた。こんな事ってホントにあるんだと、ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れるの歌を思い出した。今でも夜に時鳥の声を聞くと、時々この時のことを思う。(2011年夏詠)

「時鳥たちまち遠き声となる」への2件のフィードバック

  1. ひぐらしは森光子の放浪記に芝居で聞いた声が印象的でした。
    東京単身赴任の時裏山からあの独特な声が聞こえて来ました。
    広島でも早朝畑に水やりに行く時に近くから聞こえてきます。
    ほととぎす、不如帰などの表現も有る中で時鳥を選んだ気分?気持ち?狙い?必然?
    どんな所に有るんですか?

    1. 「時鳥」に関しては好みです。
      杜鵑、時鳥、子規、不如帰、杜宇、蜀魂、田鵑
      とありますが、あの声のイメージには「時鳥」が合うように思います。

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