鬼薊切られて白き汁たらす

大きく大きくなって、花も薊に似ているが大雑把。すっくと立った茎は水分が多く、やわらかくて切り安い。切ると白い汁が出る。う~ん、薊ではなさそう。ということで鬼薊にしてしまった。違っていたらごめんなさい、、、。<俄仕事-3>(2012年春詠)

十薬の刈れば匂ひし手も鎌も

そのままの句です。どくだみと言えば匂いばかりが頭に浮びますが、十薬と言えば途端にありがたい薬草になってしまいますね。乾燥させたものをどくだみ茶として煎じて飲むと、確かに身体に良いように思います。続けると基礎的な体調管理が出来るのではないでしょうか。最初は飲みにくいですが、慣れると普通に飲めます。子どもが小さい頃には一家で飲んでいました。今は滅多に飲むことがありませんが、たまに飲むと懐かしい味に感じられます。刈ったときのあの匂いもまた、懐かしい匂いに感じられてしまいます、、、。<俄仕事-2>(2012年春詠)

鎌研げば蛙鳴きだす草の中

ちょうど去年の今頃まとめて詠んだ句から少し書きます。無職となって三ヵ月、思い立って家の裏の草刈をしたときの句です。当時の生活ぶりを詠もうとしたのですが、一年経って冷静に見直すと残らないものですね、、、。まずは鎌を研ぐところからです。もう十年以上使っている手に馴染んだ鎌です。買ったときには高かった、、、。<俄仕事-1>(2012年春詠)

花吹雪カメラ出す間のなかりけり

4月19日の日付があるので去年は花が遅かったのだろう。後輩が一緒にと言うので、連れ立って鶴山公園に上がった。よく喋るとは思っていたが本当によく喋る男で、ひっきりなしに話しかけて来る。花には全く興味がないようだった。私は適当に相槌を打ちながら、心は花の方を向いている。とうとう備中櫓のところまで上った時に強い風が吹き、散り残っていた桜が花吹雪となって舞い上がった。あ、あ、あ、と声にならない声を上げて、ポケットの携帯に手をやったがすでに遅く、花吹雪は石崖を越えて落ちていった、、、。後輩の目に花吹雪は入らなかったようで、彼はその間もひっきりなしに話し続けていた、、、。(2012年春詠)

行春の潮目に白き波頭

ほど良い海風に吹かれ、鷲羽山の展望台からの眺めはすばらしかった。そして下りの、転げ落ちそうな道から眺めた海の色も。色が異なるのは、あれが潮目というものかと、山の中に住んでいる私は勝手に想像したのでした、、、。(2012年春詠)

白蝶の花弁のごとく動かざる

暑くなったり寒くなったり、それがやがて暑くなったり暑くなったりになるのですが、まだ寒さの残る朝の草に白蝶がとまっていました。全く動かないので、遠目には白い花と見えたのですが、なんの花かと近寄ってよく見ると蝶でした。そうだよなあ、こんなところに白い花が咲くはずが無い、と納得、視力の衰え、、、。(2011年春詠)

糸切れて春の鯉へと戻りけり

また老釣師の登場です。句から結果は見えていますが、初めてその瞬間に出会いました。ちょうど竿の先が動き、老釣師が立ち上がって竿に手を伸ばしたところでした。まだ静かなままの水面に鯉の姿はありません。間合いを計っていた老釣師は、突然ぐいっと竿を合わせます。足場を確認するように後を振り向いた老釣師は、私を見つけるとニヤッと微笑みました。私は見つからないように観察したかったのですが、これが勝負を分けたようです。ゆっくりと竿を立て、糸を巻きながら倒していく。しばらくこれをくり返すと、やっと水面に頭部が現れました。赤みを帯びた口回りの色がきれいでした。鯉は老釣師に全身を見せつけるようにゆっくりと身を翻すと、また水中に潜って行きました。50センチは越しているでしょう。そんなやり取りが何回かありましたが、突然ビシッと音がして糸が切れました。静寂が辺りを覆いました。鯉はしばらくその場にいましたが、やがて悠然と姿を消して行きました。老釣師は私に、「遊ばれてしまいましたわあ」と微笑みながら言うと、ゆっくりと竿を仕舞い始めました、、、。私が見ていなかったら上がっていただろうと思うとち、ちょっぴり申し訳ない気がしました、、、。(2013年春詠)

現れし祖父若々し春の夢

私の祖父は木炭の検査員という仕事をしていました。退職後の晩年は自分で炭を焼いていました。私も多少は手伝った記憶があるのですが、それよりも炭焼き小屋で遊んだ記憶のほうがたくさんあります。火を入れた窯の真っ赤に焼けた焚き口で焼きいもを作ると最高に美味しくできました。たぶん陶磁器を焼く窯でも同じではないかと、釜場の俳句を読む度に私は不謹慎なことを考えてしまいます、、、。そんな祖父が、なんの拍子か夢に出てきました。それも自転車の後に私を乗せてあちこち連れて行ってくれていた頃の若い姿でした、、、。(2012年春詠)