天高し送電線を人渡り

小学生の頃通学路の頭上に送電線を敷設する工事があり、山上の鉄塔から次の山上の鉄塔へ渡した送電線を工事の人が渡る姿を見上げて驚いた事があります。あれから六十年あまり、もう見ることは無いと思っていましたが、昨年近所を通る送電線を、たぶん点検でしょう、渡る姿を見ることが出来ました。残念ながら、子供の時ほど感動はしませんでしたが、そのかわり一句に、、、。(2019年秋詠)

かまつかの野に一輪の焔立つ

どこからか種が飛んできたのか、道端の草むらに一本の葉鶏頭。刈られては芽を出したのだろう、背は低いがその燃えるような赤が周囲の緑の中で際立っていた。昨年の句。今年また芽を出して数が増えればと楽しみにしていたが、どうやら一年で絶えたようだ、、、。(2019年秋詠)

栗数多落ちて弾けて他所の畑

畑と言うか、元畑と言うか、とにかくちょっとした広さの所へ大きな栗の木があります。土地の持ち主は知っていますが、今は老人施設住まい。秋になると沢山の毬栗と栗が落ちています。通る度に誰が拾うのだろう、と思っているうちに毬だけになってしまいます、、、。(2019年秋詠)

よそ向いて熟るる花梨の実が一つ

近くの空地に植えられている木が花梨と気づいたのが数年前、その木にやっと実が付いたのが去年。花梨の実はどの木を見てもあっちやこっちを向いて熟れているので、たった一つ付いた実がどういう風に育つのかと楽しみに見ていたら、やっぱり重力に抵抗するような方向を向いて熟れて来た、、、。(2019年秋詠)

群なして空行く雀里の秋

農家の人も昔ほど雀を気にしないようです。鳥威しも案山子もほとんど見かけませんし、今年は威銃の音もまだ聞いていません。雀の害なんて、かかる手間に比べると小さな物なのかも知れません。それにしても集団で移動する雀の姿は壮観です、、、。(2019年秋詠)

腕振つて歩く女の秋思かな

脇目も振らず腕を振ってのウォーキング、一見秋思とは無関係そうに見える。いやいやそんな事は無いかも知れない。思いを振り払おうとする腕の振りかも知れない。と、何やかや考えた時の、昨年の句。今年はコロナ以来散歩する人が増えたような気がします、、、。(2019年秋詠)