丸まつて眠る男の子やヒヤシンス

子どもが学校から持って帰った出窓に似合う水耕栽培のヒヤシンス、こんなこともあったなあ、、、と思いながら詠んだ句。ある日突然に部屋に満たされる香りが、咲き始めた窓辺のヒヤシンスであると気付くまでの僅かな時間と、気付いた時の喜び、、、。(2003年春詠)

刃物屋にふるさとなまり午祭

午祭ではありませんが、旧正月に行われる津山市の福力荒神社大祭は賑やかです。道という道に、時には道以外にも屋台が並びます。「蝮除けの砂」なんてのもあります。そんな中に見つけた備中鍛冶の店、訛でそれと判る故郷の人。声を聞くだけで懐かしい。しっかり稼げよと思うのだった、、、。(2011年冬詠)

堰一つありて一つの春の音

春になれば小川の水も増えて、それぞれの堰で、それぞれの音が聞こえる。そんな楽しみ、、、。今ブログを書いている部屋から道一つ隔てて水路があります。農業用水で一年中流れていますが、田圃に水の必要が無い期間は水量を落してあります。春になれば水量も増えて、ちょうど我家の境あたりにある堰から軽やかな音が聞こえるようになります。もう少しです、、、。(2011年春詠)

野火走る消防団員したがへて

後楽園の芝焼きであったり、若草山の山焼きであったり、いかにも春を迎えるのにふさわしい行事という感じがして、テレビでの報道を見る度に一度間近で見てみたいものです。こういう時にかり出されるのが消防団員ですが、火事ではないので余裕が見受けられますね、、、。近所の河原や土手が時々燃えることがありますが、これは煙草の火の不始末であったり、焚火の火が移ったりで、これはいただけません、、、。(2010年春詠)

朝日受く寒雲仏とも見えて

だいぶ日の出が早くなってきて、散歩の時刻にちょうど赤く染まった雲が見えるようになった。太陽はまだ山の向こうで、山は暗く、その上空だけが輝いている。そんな中で赤く染まった雲が、まるで仏像のように見えることがある。輝いた空がちょうど光背のようになり、なんとも神々しい姿に見えるのである。(2012年冬詠)

ピアニカを片手に少女春隣

ピアニカが小学校に導入されたのはいつだったろうか。私の時代はまだ普通のハーモニカだった。ほどなくピアニカに変わったように思うが、記憶は曖昧。ピアニカは商品名、正式名称は鍵盤ハーモニカと言うが、俳句で使うには字数が多すぎる。ピアニカでご容赦を、、、。掲句、少女がピアニカを演奏していたわけではなく、駆けていく少女の片手にピアニカがあっただけ。今時珍しく弟を連れて毎日走り回っていた女の子、少し成長したのかな、最近は見かけることが少なくなった。(2010年冬詠)

待ちきれぬ土竜の起こす冬の土

いよいよ春が近づいてきましたが、土竜は新年になるともう活動を開始していて、田圃の中や公園の芝生に、その跡が見られます。管理する立場ではやっかいな動物ですが、春を待つ身にはうれしい春の足音の一つですね。(2010年冬詠)

寒鯉をゆるべてすくと老釣師

今日は春を思わせる良い天気だった。かの老釣師、ちょうど立ち上がったところに出会ったので話しかけてみた。「釣れますかあ?」「ぼちぼちなあ、60センぐらいあったかなあ」(60センは60Cm)「この前は90セン、提げたら尻尾が地に着いてなあ」「釣れたら楽しいですねえ」「冬じゃからなあ、11月から10匹ぐらいは釣ったじゃろうか」「へえ~10匹もおっ」「全部ゆるべてなあ」(ゆるべる=放す)<老釣師、放す仕草>、、、。10匹もとは言ったが、考えてみると90日で10匹ということは、9日で1匹、あとの8日は冬の岸辺にじっと座っておられるわけだ、、、。(2012年冬詠)