母さんと呼ばるる女将冬ぬくし

「室戸」その6 寂れた国道55号線沿いにはほとんど店がなく、やっと見つけた小さな海の見える食堂、何かは食べられるだろうと入ると、片隅に数人の中年の男が話している。どうやら酒が入っているらしい。「「いらっしゃいませ、何にしましょう」と立ってきた女将は、口調は若そうだが見た目は十分に年を召している。目の前の黒板に日替わり定食の文字が見えたので、迷わずそれを頼み、ストーブがあったので、その傍の席に座った。ストーブの上には小ぶりのサツマイモが美味しそうに焼けていた。厨房で油の音をさせ定食用に鯵のフライを揚げている女将を、男たちは「母さん」「母さん」と呼び、女将は器用に男たちの話に相槌を打つのだった、、、。(2011年冬詠)

寒禽の声に心経紛れけり

「室戸」その5 私はただの旅行者として最御崎寺へお参りしましたので、お経を上げることはしませんでしたが、遍路をされる場合は本堂と大師堂の二箇所で般若心経をあげるのが作法だそうです。バスツアーの遍路の皆さんは案内の方のメガホンに合わせて大きな声で読経されます。一人の方は人それぞれで、すがりつくように読経されている方もありました。どちらかと言えば一人で回られている方の落ち着いた読経の声のほうが心に沁みる感じがしました、、、。(2011年冬詠)

独言ゆふても一人山眠る

「室戸」その4 室戸岬の灯台の近くにある最御崎寺までは車でも登れますが、海岸を歩いているうちに遍路道を見つけ、ほんの出来心で、歩いて登ってみました。二十分ぐらいかかったでしょうか、正直なところ運動不足の身体にはきつくて、途中で何度も後悔しましたが、そのぶん最御崎寺の山門にたどり着いた時の喜びは大きいものでした。遍路道と言ってもごく普通の山道で、違うところは道端の木にお遍路さんの残した道しるべがたくさん下がっていたことです。じっくりと見たわけではありませんが、古くからの物が大切に残されているようでした。ごみは落ちていませんでした。まさに信仰の道です。遍路道を歩いたのはここだけですが、いつか歩き遍路をしてみたいと思うようになってしまいました、、、。(2011年冬詠)

石蕗の花四国はどこを歩けども

「室戸」その3 こと室戸に限ったことではありませんが、四国に居る間はどこへ行ってもこう思っていました。ホテル近くの公園、山道、何箇所か周った札所寺、どこへ行っても、ちょっとした道端には必ず石蕗の花が咲いている。自生しているのかも知れませんね、、、。(2011年冬詠)

バンダナの下は坊主か冬遍路

「室戸」その2 季節がら歩き遍路は少ないですが、それでも何人かには会いました。掲句はその中の一人、白衣に、菅笠を付けたリュックを背負い、頭にはバンダナを巻いた、まだ若い体格のしっかりしたお遍路さんでした。室戸岬の手前の太平洋沿いの国道で会い、岬にある最御先寺まで先になり後になりしながら遍路道を上りました。後ろから見ながら、きっとバンダナの下は坊主だろう、坊主でないと様にならない、と思いましたが、見た訳ではありません、、、。(2011年冬詠)

浦の字の続く地名や冬の旅

「室戸」その1 もう三年前になりますが、四国の阿南市に勤務していた頃に、思い立って一日休みを取り、一人で室戸岬まで吟行したことがあります。その時の十句を「室戸」としてまとめましたので、それを今日から連続して書こうと思います、、、。まずは旅の始まり、ホテルから会社とは反対方向へ走って室戸へ向かいます。太平洋沿いの国道55号線を走っていた時の句です。海辺の地方では当たり前でしょうが、山の中に住んでいる私にとっては、標識がある度に出てくる地名の「浦」の字さえもが珍しく、新鮮に感じられるのでした、、、。(2011年冬詠)

空すべる模型飛行機冬ぬくし

散歩コースにある河川敷のグランドは電線がないので模型飛行機を飛ばすにはちょうど良いようだ。昨年の冬に見た掲句の模型飛行機はエンジン付のグライダーで、静かに晴れた冬空を滑っていた。天気が良かったので犬と一緒にしばらく見ていたら降りてきた。主翼が2メートルほどもある大きな飛行機で、操縦席にはちゃんと小さなパイロットの人形が座っていた。操縦していた30代後半と思える男性に聞くと、燃料はバッテリーで1回の充電で40分ぐらいは飛べるらしい。道理で静かなはずだ。「今日は暖かくていいね」と言うと「いやあ、じっとして操縦していると結構寒くて」と言いながらも、顔は十分満足そうだった、、、。(2013年冬詠)

初景色コトコト朝の一両車

我家のそばを通る姫新線は、通勤通学の時間帯は二両編成、他の時間帯はほとんど一両だけです。掲句はちょっと遅めに散歩に出た昨年の元日の朝、例によってコトコトと一両だけのディーゼル車が過ぎて行きました。いつもよりのんびり走っているように見えたのは単にこちらの心の持ちようなのでしょうね。この景色を見るようになってもう三十年、時は流れるものです、、、。(2014年新年詠)

初詣屋台に刃物選びをり

古い句です。真庭市の木山神社、ここへ初詣に行きだして二十五年ほどになります。その間に社務所は新しくなるし、吹きっさらしだった拝殿も板戸で囲われて良くなりました。その代わり境内の屋台はずいぶん減りました。掲句はその減ったお店の一つ、当時出ていた新見市の「松水」と言う鍛冶屋さんです。刃物や鍬や、いろいろ買いましたが、そのどれもが使いやすくて、今でも立派に使えていますよ、、、。(2000年新年詠)