また老釣師の登場です。句から結果は見えていますが、初めてその瞬間に出会いました。ちょうど竿の先が動き、老釣師が立ち上がって竿に手を伸ばしたところでした。まだ静かなままの水面に鯉の姿はありません。間合いを計っていた老釣師は、突然ぐいっと竿を合わせます。足場を確認するように後を振り向いた老釣師は、私を見つけるとニヤッと微笑みました。私は見つからないように観察したかったのですが、これが勝負を分けたようです。ゆっくりと竿を立て、糸を巻きながら倒していく。しばらくこれをくり返すと、やっと水面に頭部が現れました。赤みを帯びた口回りの色がきれいでした。鯉は老釣師に全身を見せつけるようにゆっくりと身を翻すと、また水中に潜って行きました。50センチは越しているでしょう。そんなやり取りが何回かありましたが、突然ビシッと音がして糸が切れました。静寂が辺りを覆いました。鯉はしばらくその場にいましたが、やがて悠然と姿を消して行きました。老釣師は私に、「遊ばれてしまいましたわあ」と微笑みながら言うと、ゆっくりと竿を仕舞い始めました、、、。私が見ていなかったら上がっていただろうと思うとち、ちょっぴり申し訳ない気がしました、、、。(2013年春詠)
投稿者: 牛二
現れし祖父若々し春の夢
私の祖父は木炭の検査員という仕事をしていました。退職後の晩年は自分で炭を焼いていました。私も多少は手伝った記憶があるのですが、それよりも炭焼き小屋で遊んだ記憶のほうがたくさんあります。火を入れた窯の真っ赤に焼けた焚き口で焼きいもを作ると最高に美味しくできました。たぶん陶磁器を焼く窯でも同じではないかと、釜場の俳句を読む度に私は不謹慎なことを考えてしまいます、、、。そんな祖父が、なんの拍子か夢に出てきました。それも自転車の後に私を乗せてあちこち連れて行ってくれていた頃の若い姿でした、、、。(2012年春詠)
一筋の人住む煙春の山
子どもの頃は、それぞれの家から立つ炊事の煙が、さようならの合図のような物でした。それがいつ頃までだったのか記憶に無いのは、たぶん成長して近所で遊ぶことが少なくなった頃と重なるからなのでしょう、、、。掲句、国道429号線を走っていて、遠くの山間に見つけた煙です。ああ、あんなところにも家があるのだ、と、、、。(2011年春詠)
親鳥のしつぽはみ出し鴉の巣
都会ではカラスが針金のハンガーで巣を作るとか、話題というか問題になっていますが、さすがにこの辺りでは小枝を使うようです。が、雑です。大丈夫なの?って言うぐらいスカスカでも平気なようで、下から見ると親鳥のお尻が半分ぐらいはみ出しているのです、、、。(2011年春詠)
声大き駅前タクシーうららけし
吟行の下見にと城東地区の古い町並を歩き、この辺りまでと決めて裏通りに入ると、普通に古びた裏町がある。水色のランドセルを背負った少女が三人、しゃがんで道端に咲いた花を見ながらおしゃべりをしていた。黙って通り過ぎようとすると、いきなり一人が立ち上がって「帰りました」と元気良く挨拶してくれた。あわてて「お帰り」と言ったが、いきなりだったので声の大きさで負けたような気がする、、、。掲句は閑谷学校吟行での集合場所、山陽本線吉永駅の駅前タクシーです、、、。(2011年春詠)
遠景に一両電車朝桜
吉井川の土手が散歩コースです。その散歩コースから田圃、さらに家並を越えて、姫新線の線路があります。家並が途切れた数十メートルの区間だけで走る列車が見えます。一両の時はコトコトコトコトといった感じで過ぎて行きます。見て楽しいのは長い列車、特別仕立てのきれいな長い列車が、これでもか、これでもかといった感じで過ぎていくのは見ごたえがあります。最近は美作建国1300年とかで、時々ナルト列車なるものも走っています、、、。(2010年春詠)
誘ひ合ふごとく水面の絲桜
衆楽園には、山口誓子が「絲桜水にも地にも枝を垂れ」と詠んだ枝垂桜があります。かつては見事な木で、私も何度か池まで垂れた花を見た記憶があります。が、傷んだからでしょうか、残念ながらこの木は短く剪定され、今はこの句の面影はありません。私が詠んだのは近くに植えられた若い枝垂桜です。もう少し、もう少し、といった感じで風に揺れていました、、、。俗に「桜切る馬鹿」と言いますが、枝垂桜も剪定には弱いように思います、、、。(2012年春詠)
俳談義めばるの目玉つつきつつ
小さな食堂を見つけて入った。入口も狭く、中も十人も入れないような広さだが、小奇麗で明るい。客は無く、そこそこ年配の夫婦が慌てて持ち場に散った。シェフは奥様、主人がウエイター、そんな洋風のお店で、黒板の手書きメニューから煮魚定食を頼んだ、、、。句会まで時間も無いので、俳句手帖をとりだして句稿の整理を始めると、ほどなく後から声がかかった。見ると上品そうな老婦人だった。「俳句ですか?」「ええ、午後から句会なんです」「まあ、いいですねえ」「俳句、されるんですか?」「ええ、私も明日吟行が、」から始まって、煮魚定食が出てきても話は続いた、、、。結局、句会への準備は出来ず仕舞だったが、この次もあの食堂へ行ってみようと思う、、、。(2013年春詠)
雨音の春雷までも連れて来し
春雨だとのんきに構えていると、突然大きな音がし、大地を震わす。春雷だ、と驚いたのは一度っきりで、後はまた静かに雨が続くのだった、、、。(2012年春詠)
二階より望む燕のかよひ道
二階に限ったことではないが、高い所から眺める景色には心惹かれるものがある。二階より三階、三階より屋上と、高くなるたびに新しい景色が広がる。屋上まで来ると、それ以上は無理なので、翼が欲しいと思うようになる。叶わぬ夢、、、。掲句、我家の二階から眺めた燕の風景、虫を捕らえる時は自由に飛びまわっている燕も、それを巣に運ぶときは同じコースを通るようだ。空に道があるように、、、。(2011年春詠)