柿もげば柿の冷たさ手の中に

子どもの頃にはよく柿採りをさせられた。学校から帰って姉と行くことが多かった。下から竹竿の先に割れ目をいれたもので採ったり、木に登ったりして採るのだが、木に登ると晩秋のこの頃は空気も冷たく、十分に冷えた柿は掌を冷やした、、、。今思えば、どうしてあんなに沢山の吊るし柿を作っていたのだろう?毎年窓という窓を塞いでしまうほどの吊るし柿を作っていた。それをきっちり消費していたのだから、、、。(1999年秋詠)

柿の木のあること言へず柿もらふ

我家の柿の木は、長い間ほったらかしにしていたからでしょう、刺されるとひどい目に遭う毛虫が増えて来ました。そこで、去年のシーズンオフに思い切って大掛かりな剪定をしました。今年は生らなくても仕方ないと思っていたのですが、それでも富有柿のほうには少し実がついています。西条柿のほうは一つだけ、、、。掲句、生り年の柿を、「有ります」、の一言が言えずレジ袋でいただいた時の句、、、。(2009年秋詠)

北向の窓の明るさ柿熟るる

我家の裏には二階ぐらいの高さでJRの土手があり、姫新線が走っています。国鉄時代と違い、JRになってからは殆ど手入れをされることが無く、放って置けば茂った草や木が我家まで迫って来ます。仕方が無いので私が草刈をします。その代わり土手の斜面は、我家の庭の一部になっています。花もありますが、柿、無花果、枇杷、ポポと果実の生る木もたくさん植えてあります。何と言っても古いのは柿で、借家住まいの頃に育てていた木を移植しました。ですから三十年以上の古木ということになります。少ない年もありますが、それでも毎年実をつけてくれる、働き者です。(2000年秋詠)