牡丹にビニール傘の一つずつ

毎年一度は近くにあるお寺の牡丹祭りに出かけるが、多くの牡丹を咲かせるのは難しいらしく、なかなか見頃に行き合うことがない。掲句は近所のお宅の牡丹、数株の牡丹それぞれに真新しいビニール傘が差しかけてあった。そぼ降る雨の中で、透明なビニール傘を通して見える紅い牡丹が何とも言えず美しかった。牡丹に雨傘を差しかけてあるのはよく眼にする光景だが、使い古しの傘ではこうは行かないだろうと思った、、、。(2013年夏詠)

ぼうたんのゆれて百とも二百とも

今年のぼたん寺(清眼寺)の牡丹。いつもぼうたんの百のゆるるは湯のやうに 森澄雄>のような牡丹を見てみたいと思って行くのだが、なかなか難しいことのようだ。数年前の本堂新築で境内は広くなったが、まだ花の数が広さに追いついていない。それでも築山に沿った形で植えられた牡丹は周囲を圧倒する存在感を示していた。(2012年夏詠)