道一つ外れ春子の榾並ぶ

「春子」は春に採れる椎茸。生家から二十メートルも行けば山に入る。たいていの道は知っているが、こんな所にと思うような所に覚えのない道があった。少し入ると行き止まり、深い日陰の中に椎茸の榾木が何列も並んだ場所に出た。ぷくぷくと丸いのや、開いたのや、瑞々しい椎茸が所狭しと生えていた。あまりに美味しそうなので、中でも美味しそうな所を見繕って数本頂いた。もちろん誰の山かは分かっているので、後でお礼をしておきました。(2009年春詠)

ふるさとは間近に笑ふ山ばかり

私の生家は小さな川を挟んで両側から山が迫ってくるような山の中にある。右を向いても山、左を向いても山、山の上に空があり、山の向うに知らない町がある。そんな幼少期だった。子どもたちは春になると弁当を持って連れ立ってお花見に出かけた。鴬が鳴きつつじの花咲く中でひとしきり遊ぶとお腹が空いてくる。時計を持っている訳ではなく、意見が一致したときがお昼となる。そもそも弁当が目的のようなものなので、食べるとすぐに帰途につく。そして、人里まで戻ってくると畑の大人たちに笑われるのである。時刻はたいてい午前10時か11時ごろだった。(2009年春詠)

日々の音こぼるる路地や豆の花

好きなものの一つに路地がある。路地には生活の音が溢れている。もちろん静かな路地もあるが、それは異次元への通り道のような路地で、そこを抜けるとツンと澄ました表通りとは違った世界が広がっているのである。路地を抜けると通りがあって、さらに次の路地があって、さらに通りがあって、というような迷子になりそうなところは特に好きだ。掲句は岡山市庭瀬城址吟行での句。新しい家と古い家が混在する住宅街、家の間を抜けると小さな畑があり、豌豆の花が咲いていた。日曜日の朝の音が零れていた。(2011年春詠)

花万朶空に日陰のなかりけり

数限りなく詠まれてきた桜をどう詠んでも類句類想の域を出ないだろう、とは思いつつ毎年詠んでしまいます。写真は毎日眺めて通る土手の桜です。引っ越して来たのも四月でした。私の背丈ほどの木が慎ましく花をつけていました。その木がこんなに立派になりました。私が見てきたぶんだけ桜も私を見てきたのだと、ふとそんな事を考えました。昨日が満開でした。(2010年春詠)

種ひたす机の上の洗面器

会社で三年間グリーンカーテンに挑戦しました。長老のHさんにリーダーをお願いし、一年目は試行錯誤でなんとか物にし、二年目は前年の経験を活かして立派なグリーンカーテンに仕上げました。三年目をスタートしたところで事業所の移転計画が持ち上がり、すでに苗を育て始めていましたが中止としました。苗は各自持ち帰り、自宅で育ててもらうことにしました。掲句は二年目、ネットから得た知識をもとに、前年採って置いた糸瓜や朝顔の種を浸し、会議用の机の上で毎日観察していた頃の句。ISOの活動の一環で始めたグリーンカーテンですが、他の何をやった時よりも全員の和を感じた楽しい活動でした。Hさんお世話になりました。皆さんそろそろ自宅で活動を始められている頃でしょうか?新しいお仕事は決まりましたでしょうか?(2010年春詠)

伸ぶるだけ伸びて土筆の痩せにけり

今年も土筆のシーズンになりました。手はかかるけど美味しいですね。採ろうかな採ろうかなと思っているうちにこんな風になってしまった会社の正門脇の植栽の中の土筆。遊休地だらけの会社でしたので、土筆はそこらじゅうに生えました。で、時々昼食時に、「会社の土筆、食べます?」と、ちゃんと料理したものを頂きました。「いつ採ったの?」なんていう野暮な詮索はもちろん無しです。(2011年春詠)

春の海浚渫船の重さうに

十二月、一月と退職までの二ヶ月間を阿南(四国)で過ごした。普段は山の中で暮らしているので、とにかく海を見ておこうと思い、行き帰りには暗くても必ず与島パーキングエリアに立ち寄り海を眺めた。平日の朝は海の見える阿南公園に登った。天気が良さそうだからと、休みをとって室戸岬まで走ってみたりもした。そんな中で手帳に書きとめた句、すなわち冬に出来た句。満を持して句会に出したら先生に「一読して<海凍てて浚渫船の重さうに>じゃないかと思いました。」と言われてしまった、、、。慰めの言葉はいらないのです。スミマセン反省しています。げに恐ろしき俳人富阪宏己先生。(2012年春詠)

旅鞄かかへて眠る鳥曇

岡山駅二階コンコースでの風景。子どもを試験か何かで岡山へ連れて行き、空いた時間に駅を一人吟行。岡山駅も駅周辺も今は変っていると思うが、最近は利用する機会もなくご無沙汰。子どもを連れて行くことも無くなった。渡り鳥はどうやって帰る時季を判断するのだろう。俳人は春になれば待ってましたと「鳥帰る」や「鳥曇」を使うのですが、、、。(2002年春詠)