畦焼の煙わが家の二階まで

どちらが先にあったかというと田圃のほうだから、我家は文句を言えないが、ちょっと迷惑、いや大分迷惑な煙である。家が増えて田圃が減って、だんだんと煙が減って行くのも寂しい気がする、、、。おねしょをすると叱られながらも火遊びは好きだった。今考えてみれば危ないことですね、、、。(2011年春詠)

氏神の裸電球建国日

少し大きな神社になれば、日の丸が上がったり、建国記念日の行事があったりするのだろうが、宮司も居ない近くの小さな神社、参道に裸電球が吊り下げられており、時折昼間に点っていることがあります。消し忘れのようなそうでないような、林の中なので、なんとも不気味な感じもするが、建国記念日には合うような気がするから不思議、と思い詠んだ句です、、、。(2011年春詠)

刃物屋の古里訛午祭

午祭ではありませんが、旧正月に行われる津山市の福力荒神社大祭は賑やかです。道という道に、時には道以外にも屋台が並びます。「蝮除けの砂」なんてのもあります。そんな中に見つけた備中鍛冶の店、訛でそれと判る故郷の人。声を聞くだけで懐かしい。しっかり稼げよと思うのだった、、、。(2011年冬詠)

堰一つありて一つの春の音

春になれば小川の水も増えて、それぞれの堰で、それぞれの音が聞こえる。そんな楽しみ、、、。今ブログを書いている部屋から道一つ隔てて水路があります。農業用水で一年中流れていますが、田圃に水の必要が無い期間は水量を落してあります。春になれば水量も増えて、ちょうど我家の境あたりにある堰から軽やかな音が聞こえるようになります。もう少しです、、、。(2011年春詠)

冬終へる毎日違ふ雲を見て

四国での二ヶ月間には沢山の句を詠みました。もっと書けば良いのですが、少し魂胆があってここには既発表の句を中心に書きました。これで一先ず終りにしますが、また来年あたりに書くと思いますが、、、。最後の日はこっそりと帰ろうと、一人一人に挨拶をして周ったのですが、そうは行きませんでした。皆さんに集まっていただき、抱えきれないような花束まで頂きました。四国の皆さんにも、そのためにわざわざ本社から来ていただいたH課長にも、そして何より津山で私を支えていただいた皆さんに、心からお礼申し上げます。<阿南8>(2011年冬詠)

寒の雨窓にムンクの顔がある

特に何があった訳でも無く、引き継ぎの仕事は順調に進んでいた。むしろ順調すぎて、外を見る時間が増えていた。ひどい雨だった。二階にある事務所の窓は一日中雨に打たれ、外は午後三時を過ぎるともう薄暗くなっていた。窓ガラスはしだいに透明度を落とし、しだいに室内の様子が映るようになって行った。窓際に立つと、パソコンに向かう女子社員の横顔を背景に、自分の顔が映っていた、、、。<阿南7>(2011年冬詠)

水鳥の尻の高さを競ひけり

年が明けて、散歩コースの水鳥が少し増えました。それでも三十羽ぐらいでしょうか。昨年よりはだいぶ少なめです、、、。日差の暖かい日の岸辺近く、本当は水草を啄ばんでいるのですが、それぞれに尻を上げてバタバタしている姿は、ユーモラスで可愛いものですね、、、。(2011年冬詠)

雪残る常行堂の萱の屋根

本山寺が続きます。常行堂は本堂と三重塔の間にあります。茅葺の古い屋根には、生えた草が枯れて、雪と一緒に残っています。部分的には補修もされていますが、葺き替えまでは難しいのでしょう、、、。名前が常行堂ですから、かつては多くの修行僧が行をしていたお堂なのでしょう。閑散とした中で一人、往時の華やかさに想いを馳せるのも良いものです、、、。岡山県の中山間部には本山寺だけでなく、修行の場であった古い寺が何ヶ所もあるようです。(2011年冬詠)

走り根にすがりて冬の羊歯青し

これも本山寺での句。三重塔を過ぎて左の道を行くと、裏手の駐車場に出ます。その間の短い距離ですが、山を削って作った道の山側の斜面には、大きな走り根が何本ものぞいています。そして、それに縋るように生えた羊歯が、冬なお青い葉を見せています、、、。今年は歩き易いように、新しい砂利が入れてありました。(2011年冬詠)