山寺の閉ざし寒禽鳴くばかり

美咲町の本山寺での句。本山寺は私の好きな寺で、時々行きます。最初に行ったのは二十年ほど前になりますが、まだ道路も整備されておらず、田圃の間の道や細い山道を通って、山門の下に着きました。今は道路も整備され、山門の下に広い駐車場がありますが、当時は草ぼうぼうでした。三重塔のある一角は当時もきれいに整備されており、全く知識がなく訪れたものですから、異次元の世界に出会ったように驚き、塔を見上げた記憶があります。いつ行っても人は少ないですが、冬は特に少なく、鳥の声ばかりが聞こえます。(2011年冬詠)

手相見の佳きことばかり初詣

明けましておめでとうございます。本年もかわりませずご愛読のほどをお願い申し上げます。もう二十年を越えますが、初詣は毎年真庭市の木山神社へ行きます。昔は吹きっさらしの本殿でお祓いを受けましたが、今は本殿の風除けはもちろん、立派な社務所が出来て、広い暖房の効いた部屋でお祓いの順番を待ちます。もちろん霊験あらたかです、、、。さて、石段を登りきったところにお店が並びます。その中に毎年同じ鯛焼の店が二軒出ますが、なぜか片方ばかりが繁盛して長蛇の列が出来るのです。もちろん我家も多いほうに並びます。焼き立ての鯛焼って美味しいですね、、、。でも、本当にこちらが美味しいかというと、ある時他の縁日で見かけたこの鯛焼のおっちゃんが、「ここはさっぱり、、、」といった顔で、しょんぼりと鯛焼をひっくり返していたので、まあなんとも言えません。近くには長蛇の列が、、、。(2011年新年詠)

すす逃の床屋の椅子に沈没す

もう四十年近く同じ理髪店に通っている。通っていると言っても、そろそろと思い出してから腰を上げるまでに一ヶ月ぐらいかかるから、せいぜい年に四、五回ぐらいだろうか。「ずいぶん伸びましたねえ」「どれくらいになるかなあ」「三ヶ月、越えましたよ」と皮肉たっぷりに三ヶ月を強調して言われる。会話と言えばそれぐらいで、後は黙って至福の時間に浸れるのがこの理髪店の好いところで、多少高額だが迷わず通っている、、、。そんなだから11月ぐらいから、「来年も来てくださいね」「よいお年を」と挨拶を交わして帰ることになる、、、。(2011年冬詠)

広々と冬菜畑ある風の中

肝心の赴任先ですが、こんなところにありました。ただっ広いところで、太平洋からの風が瀬戸内海方向へ抜けるのか、とにかく風が強く赴任している間中吹いていました。風の強さは、津山のちょっとした台風ぐらいかなあ、、、。どれくらいただっ広いかと言うと、事務所は会社の二階にありましたが、窓から見える風景と、Googleの地図を比較して見ると、阿南市、小松島市、徳島市、鳴門市と見えて、その向こうに見えるのが瀬戸内海なんだろうか、、、。このただっ広い窓からの風景が気に入って、ずいぶん眺めました。もちろん、仕事もしましたよ!<阿南5>(2011年冬詠)

寒禽の呼び合ふ声も深山かな

ホテルから程近いところに阿南公園がありました。山全体が公園のようでしたが、整備されているのは途中までで、その先には標識はあるものの、鬱蒼とした森と竹薮が広がっていました。聞こえるのは鳥の声だけの、余所者を拒むような、まさに深山です。朝の短い時間で歩けるのはこのあたりまでで、途中の山の中腹にある小さな展望台で海を眺めて引き返すのを散歩コースとしました。ほとんど人と出会うことはありませんが、それでも何度も歩くと、何人かの同じ人に出会い挨拶を交わすようになりました。<阿南4>(2011年冬詠)

旅慣れし人かこつんと寒卵

三つ目に泊ったホテル、結局ここを定宿と決めました。清潔、大浴場有り、朝食付き、全室インターネット接続可、しかも5800円。何と言っても開放感のある大浴場は、ビジネスホテル暮らしにはありがたい物です。朝食は簡単なバイキング形式で、毎日似たようなものですが、野菜は豊富でした。ホテルですからいろいろな方が泊られます。設備関係の出張工事のグループ、遍路姿の夫婦者、営業マン、、、。掲句の人は、年季の入った一昔前の商人風、私よりはだいぶ年上でしょう、賑やかな作業服姿の連中を尻目に、どこ吹く風といった風情で生卵を割る、その慣れた手つき、、、。<阿南3>(2011年冬詠)

冬菊に残る夜明の月明り

二つ目に泊ったホテル、これは失敗だったなあ。確かに禁煙で予約したつもりだったのに、ひどい煙草臭で、案の定早く起き過ぎてしまった。ホテルを出るとまだ暗く、時雨でもあったのか路面が濡れていた。ホテルは山裾にあり、そこから中腹に向かって適度な坂道が続いている。坂道を登って行くと建物が途切れ、カーブする道沿いにたくさんの菊が植えられた一角があった。反対側は畑で、空にはまだ月が残っている。菊は月の光を受け、ほの暗い中に花だけが浮いているような、幻想的な景を見せていた。<阿南2>(2011年冬詠)

冬麗や街角ごとに地蔵尊

早いものです。徳島県阿南市での暮らしが、もう一年前のことなのです。掲句は俳句手帖を見ると赴任の翌日に詠んでいます。予想される運動不足の解消と、本来の好奇心を満たすためには、朝の散歩は欠かせません。昨夜買っておいたサンドウィッチとコーヒー(うれしいことに、最初に泊ったホテルにはドリップ式のコーヒーパックが付いていました)で朝食を済ませ、フロントで貰った近辺の地図を頼りに早速出かけました。まずはホテル周辺からと出かけた街角の景、朝にもかかわらず暖か、、、。<阿南1>(2011年冬詠)

短日やまたため息の女子社員

もう十二月になってしまいました。早いものです。去年の十二月はほとんど四国で過ごしました。たまに津山へ戻っても、すでに会社の中は空っぽで、そんな中での仕事でした。いつもは饒舌な女子社員の口も滞りがち、またしてはため息が漏れるのです。今月で無職になるのですから、仕事が空けば不安がよぎるのは無理のないこと、まして大学生と高校生の子を持つ彼女には、、、。そんな彼女から先日うれしい電話がありました。「やっと仕事が決まり、報告の電話ができることになりました、、、。」それから何分間話したことでしょう。相変わらずの饒舌ぶりに、私も負けないように必死で対抗しました。かつてのように、、、。次の会社では、ちょっと控えめにしてね。私のように我慢強い上司はいないと思うから、、、。(2011年冬詠)

水鳥のけんか水鳥遠巻に

散歩コースの吉井川では、今年は水鳥の出足が遅く、番の鴨を何組かは見かけますが、まだ群になっている姿がありません。昨年は十羽を越す群が何組もあって、そんな中の群の一つで見かけた喧嘩です。単なる内輪もめでしょう、周りの鴨たちはちょっと迷惑そうに見えましたので、、、。(2011年冬詠)