青梅雨や瓦積みおく堂裏手

後半に入り、いよいよ青梅雨らしい日々が続いています。句会へ行く途中、句が揃わず藁をも掴む思いで寄道した誕生寺、覗いた小さなお堂の裏側の景。補修用か、建てたときの残りか、浅い廂の下に積み置かれた、すでに苔むした瓦が雨に濡れていた、、、。(2010年夏詠)

萱草の花の痩せゐし墓地の隅

萱草が咲き始めました。目立つようで目立たない花という印象があります。葉っぱの薄緑も、花の朱色もおとなしいですね。それでいて、石崖の間のようなところからでもひょろひょろと花茎を伸ばして、花をつける強さがあります。我家の裏の土手に生えた萱草は、刈っても刈っても懲りずに生えてきます。掲句の萱草も散歩で側を通る、除草剤で処理したような墓地の隅に、ひょろひょろと伸びて咲いていた萱草の花です、、、。(2012年夏詠)

大鯰ひげで探りし空の縁

会社と中国道の土手の間に大きな用水路があった。吉井川の支流になり、普段はほとんど水量が無いが、田圃に水が必要な時期と大雨の時だけは用水路らしい流れを見せた。中国道の土手は鬱蒼と茂り、会社側は桜の古木が連なり、格好の目隠しになるからだろう、水量の多い時期には鯉や鯰が上って来てゆったりと泳ぐ姿が見えた。鯰は水底で昼寝のようにじっとしていたが、突然ゆっくりと身体をくねらせ、用水路の縁沿いに水面に近づくとしばらく口を動かしていた。それに合せて水面から出た太いひげが、ちょうど何かを探しているように動いた。それが終ると、鯰は再び水底に沈み、何事もなかったように動かなくなった、、、。(2011年夏詠)

石橋の下に小流半夏生

これは植物の半夏生、今日は暦の半夏生です、、、。Hさんは時々家で咲いた花を持ってきては事務所の机に飾っていた。「渡辺さん、これ知っとる?」とHさんに見せられて、直感的に「半夏生?」と答えたが、それまで本物は見たことがなかった。しかし、その半夏生はまさにイメージ通りの花だった、、、。その半夏生を通勤途中で見つけたのがこの時だった。昔の、溝を掘っただけのような小さな用水路の、石橋を抜けた曲がり角に、流に根をおろすようにして群を作っていた。たぶん自生で、それまでもあったのだろうと思うが、Hさんに本物を見せられたことで、私の中の半夏生のイメージが確定したのだろうと思う、、、。(2008年夏詠)

羽音して鳩の一群夏の暁

今日から七月、梅雨明までもう少しだろうか、、、。涼しいうちを狙って散歩に出た梅雨明の早朝、右に吉井川の河川敷、左に青田が広がる土手の上には朝の冷気が溢れていた。途中に砕石場があり、運び込まれた土砂が山になっている。夏草に覆われたその山陰から突然力強い羽音がして鳩の群が現れた。群は三十羽ぐらいはいただろうか、羽音を響かせ、頭上を越えたあたりで大きく円を描き、そのまま青田のかなたへ消えて行った。ほんの僅かな間の出来事だったが、夏の朝を感じる出来事だった、、、。(2003年夏詠)

音立つる社旗安全旗蒼嵐

隣の工場は有名な電子部品のメーカーで、玄関前のポールには毎日社旗と安全旗が掲揚されていた。風の強い日には旗が煽られてロープを揺らし、そのロープが金属製のポールを打つ音がカンカンと力強く聞こえて来た。隣の芝生は本当に緑だった、、、。(2009年夏詠)

喪帰りの庭の暗がり糸とんぼ

親戚であったり、近所であったり、会社関係であったりと、とにかく不幸の続いた時期があった。あんまり多いので、私が「休みます」と言えば「葬式ですか?」と聞かれるようになった、、、。そんなある日の葬式から帰った時のことです、、、。(2009年夏詠)

菊挿芽名札に小さき女文字

前のお宅の女主人が菊を育て始めたのがこの頃だったのだろう。あれから五年、今年もまた軒下の苗箱に整然と挿芽が並び、白い名札が立ててある。小さな女文字が新しい、、、。あれから毎年楽しみにしているが、上手く育つ年もあればそうで無い年もある。気がつけばいつの間にか鉢ごと無くなっていることもあり、大輪の菊を咲かすのは、なかなか難しいようだ、、、。(2008年夏詠)

夏川の樋門抜け来て渦となる

駐車場に車を置いて川沿いに歩いていくと西川緑道公園に出る。即ち沿って歩いてきた川が西川とぶつかるところが樋門となっている。樋門から吐出された水は、一度大きく渦を巻き、ゆっくりと下流へと流れて行く。樋門の手前には小さいが近代的な大師堂、アルミサッシの入口の向こうにお大師様が見える、、、。(2013年夏詠)

仙人掌の花に残りし月の色

いつ誰が植えたものか分からないが、会社の植え込みの中にウチワサボテンがひっそりと生えていた。生えているのは知っていたが、目立つわけでもなく、増えているようにも思えないぐらいのものだった。夏のある朝出勤すると、そのサボテンに花が咲いていた。今までも咲くことはあったのだろうが、気付いたのは初めてだった。それぐらい控えめな黄色をしていた。なぜだかその前日の、退社する時に鍵をかけながら同じ場所で眺めた、月の色を思った、、、。(2011年夏詠)