会社と中国道の土手の間に大きな用水路があった。吉井川の支流になり、普段はほとんど水量が無いが、田圃に水が必要な時期と大雨の時だけは用水路らしい流れを見せた。中国道の土手は鬱蒼と茂り、会社側は桜の古木が連なり、格好の目隠しになるからだろう、水量の多い時期には鯉や鯰が上って来てゆったりと泳ぐ姿が見えた。鯰は水底で昼寝のようにじっとしていたが、突然ゆっくりと身体をくねらせ、用水路の縁沿いに水面に近づくとしばらく口を動かしていた。それに合せて水面から出た太いひげが、ちょうど何かを探しているように動いた。それが終ると、鯰は再び水底に沈み、何事もなかったように動かなくなった、、、。(2011年夏詠)
カテゴリー: 2011
仙人掌の花に残りし月の色
いつ誰が植えたものか分からないが、会社の植え込みの中にウチワサボテンがひっそりと生えていた。生えているのは知っていたが、目立つわけでもなく、増えているようにも思えないぐらいのものだった。夏のある朝出勤すると、そのサボテンに花が咲いていた。今までも咲くことはあったのだろうが、気付いたのは初めてだった。それぐらい控えめな黄色をしていた。なぜだかその前日の、退社する時に鍵をかけながら同じ場所で眺めた、月の色を思った、、、。(2011年夏詠)
旅かばん箪笥の上に黴びにけり
この頃には出張へ行くこともほとんど無くなっていた。もっとも行ったとしてもほとんどが日帰りで、大きなバッグに着替えを詰めての出張は、もともと多くはなかった、、、。(2011年夏詠)
蟻塚の姿なき蟻うごめける
透明な水槽や壜に砂を入れた中で蟻を飼育し横から観察するという方法は昔からありました。あれは子供だましみたいなものでしたね。近年の撮影技術の進歩は素晴らしく、蟻にしろ蜂にしろ、巣の中心にまで入り込んで、その実態を余すところなく見せてくれます。素晴らしいと言うよりも凄まじいと言えるかも知れません。地上にほんの少し砂が盛られたような蟻の巣がありました。その巣にせっせと出入りする蟻の姿を見ながら、この下にはいったい何匹の蟻が居るのだろうと、ふとそんな映像を頭の中に描いていました、、、。(2011年夏詠)
玄関を出るやするりと朝の蜘蛛
蜘蛛もどちらかと言えば嫌われることが多いですね。私は蜘蛛自体はそんなに嫌いではありませんが、見えない糸に絡まれるのは嫌ですね。掲句、出勤のため玄関を出た途端に上から蜘蛛が下りて来た。絡まれる前で良かったと、とりあえず糸ごとに生垣のほうへ移動してもらいました。朝の蜘蛛は縁起が良いと言いますが、何も無い一日でした、、、。(2011年夏詠)
大銀杏五月の空を抱へけり
庭瀬吟行での句、公園の大きな銀杏の木を下から見上げると、若葉で覆われた枝が、まるで下から空を抱えているかのように見えました。空は晴れ、薫風吹き渡る、まさに五月の一日でした。あの空が懐かしい、そんな昨日今日の梅雨らしい日々です、、、。(2011年夏詠)
衣脱ぎしばかりの蛇か濡れてゐし
毎度おなじみの蛇です。散歩コースで会うので、ついつい観察してしまいます。動きも遅かったので、おそらく脱皮の後だったのでしょう、触ったわけではありませんが身体は艶々と濡れたように見えました。カラス蛇と言うのでしょうか、黒色の中くらいの蛇でした、、、。余談です。ガラガラヘビが尾を振って人を威嚇するシーンはテレビでよく見ますが、その辺にいる蛇も尾を振って音を出すことがあります。もちろん威嚇と思われますが、じっくりと観察しようとすると、先に自分から逃げてしまいます、、、。(2011年夏詠)
青梅や猫にもありし氏素性
野良猫が居つくのにも何かの縁があるのでしょう、我家は目下空家状態です。しばらくアメリカンショートヘア風の愛想の良い猫が来て餌をねだっていたのですが、これは近所の飼猫と分かった頃から来なくなりました。次は深緑色のビロードのような毛並の子猫、これもどこかの名のある猫のご落胤風。用心深くて決して触らせない、餌は貰っても尻尾は振らないよと言った野良の気品漂う猫でしたが、ある夜喧嘩の声がして次の日から居なくなりました。それから時々眼にするようになったのが茶色の大きな猫、どうやらこれが新しく就任したボスで、見回りには来るが餌を貰おうという気はないようです。ということで、空家となっています、、、。(2011年夏詠)
それぞれの路地にそれぞれ夏の風
庭瀬吟行での句。それほどきっちりした街ではなく、入り組んだ古い道沿いに新しい住宅街が形成されつつある。カーブした道沿いに歩いていくと、また同じところに出たりする。路地好きにはたまらない街でした、、、。(2011年夏詠)
五月はや選びて歩く片かげり
今年の寒暖の差は何なんでしょうね。寒い日があるから暑い日が身体に応えます。ついつい日差をさけて歩いている自分がいます。五月というのに、、、。(2011年夏詠)