どの家の犬も引つこみ寒四郎

寒四郎は寒に入って四日目に降る雨を言うのだそうで、室戸の句を書いているうちに四日目を過ぎてしまいました。掲句も四国での句、寒の雨が冷たいのは四国でも津山でも同じこと、ましてまだ満足に暖房設備不の整っていない事務所では、、、。(2011年冬詠)

冬の灯の笑ひ声する納経所

これも一番札所霊山寺での句です。本堂を見学していると笑い声が聞こえてきました。見ると、本堂の右手に部屋があり、明りが灯っています。納経所でした。新米のお遍路さんに何やら説明されているのでしょう、時々笑い声が混じる、優しそうな話し声がしていました。本堂の薄暗さと、納経所の暖かそうな灯の色の対比が印象的でした、、、。(2011年冬詠)

寒雲の速し風鐸鳴る空に

さすが一番札所、これから遍路を始めるふうな方を大勢見かけました。霊山寺は平地にあるお寺で、ここから始まるお遍路の、待っている厳しさなんぞ、微塵も感じられませんでした。と言えば叱られるかもしれませんね。風の強い日で、大きな音に視線を上げると、多宝塔の風鐸が風に揺れて鳴っていました。塔の指す空には走るように流れる寒そうな雲がありました、、、。(2011年冬詠)

待春の顔の優しき仁王像

昨日で十句終わりましたが、ついでに四国での句を少し書きます。掲句は別の日に一番札所霊山寺へ寄道をした時の句です。仁王門の無いお寺もありますが、あればお寺で最初にお目にかかる仏像が、阿吽の形相で門を守る仁王様ですね。霊山寺には立派な仁王門があり、その門の前には、一番札所らしく遍路姿の人形が立っていました。仁王様は、こちらの心の持ちようかもしれませんが、ちょっと愛嬌のある優しい顔をされていました。霊山寺は、「れいざんじ」と読むのかと思ったら「りょうぜんじ」と読むのでした、、、。(2011年冬詠)

鐘一つ鳴れば冬日の零れ落つ

「室戸」その10 これで十句終わりです。八十八箇所めぐりのお遍路なら結願ですね。掲句は最御崎寺での句です。今更ですが最御崎寺は「ほつみさきじ」と読みます。四国に居る間に十箇所ぐらいの札所寺を巡りましたが、一番気に入ったのがこの最御崎寺です。中には商業一筋と言った感じでがっかりする寺もありました。最御崎寺は室戸岬の灯台より少し高い位置にあり、灯台までは降りられないのですが、行き止まりにあるフェンスの位置からは灯台の周囲に植えられた水仙がきれいに咲いているのが見えました。四国での勤務を終える少し前、ちょうど今頃の一人吟行でした、、、。(2011年冬詠)

御厨人窟の闇より一羽寒鴉

「室戸」その9 前述の虚子の句碑から遠くないところに空海が修行をしたという御厨人窟(みくろど)という洞窟があります。ちょうど車から降りた時に、その洞窟の闇の中から鴉が一羽飛び出して来ました。たぶんお供えでも頂きに来るのでしょう。しばらくは洞窟の上の崖に張り出した松の木の枝に留まってこちらを伺っていましたが、何も持っていそうに無いと思ったのか、何回か鳴いて飛び去って行きました。本当に修行をしたのかどうかは分かりませんが、それほど深くは無いその洞窟に座ると、ちょうど荒れた海と冬の空との接点が見えるのでした。と言うか、しか見えないのです、、、。(2011年冬詠)

大虚子の句碑海を向く枯葎

「室戸」その8 「あれっつ、何かあったぞ」と車を止めて引き返すと、国道を挟んで海岸と反対側の少し奥まった枯葎の中に句碑が立っていた。「龍巻に添ふて虹立つ室戸岬」高浜虚子の句碑だった。句碑の向く先には竜巻も虹も無かったが、なるほどと思わせるような荒れた冬の太平洋が広がっていた。誰が置いたのか、句碑の下に小皿があり、中には落葉と一緒に小銭が数枚入っていた。周囲は手入れをされているふうもなく、生い茂った草が枯れている冬だから気づいたものの、きっと夏草の時期だったら気づかずに通り過ぎただろうと思えた、、、。(2011年冬詠)

昼間より酒の入りて鰤談義

「室戸」その7 どうやら話は漁のことらしい。海が荒れて漁に出られない日は集まって昼間から酒を楽しむのだろうか。聞こえてくるのは、どこで獲れた鰤が美味いかという話のようだった。中の一人は和歌山から来ているのだろうか、しきりに「和歌山のどこそこの鰤が」と説明しているが、皆それぞれに話すので、話が入り乱れて訳がわからない、、、。そのうちに日替わり定食が出来てきた。揚げたての鯵フライ、さすがに海辺の食堂で、皿には少し小ぶりのフライが五枚も載っていた、、、。(2011年冬詠)

母さんと呼ばるる女将冬ぬくし

「室戸」その6 寂れた国道55号線沿いにはほとんど店がなく、やっと見つけた小さな海の見える食堂、何かは食べられるだろうと入ると、片隅に数人の中年の男が話している。どうやら酒が入っているらしい。「「いらっしゃいませ、何にしましょう」と立ってきた女将は、口調は若そうだが見た目は十分に年を召している。目の前の黒板に日替わり定食の文字が見えたので、迷わずそれを頼み、ストーブがあったので、その傍の席に座った。ストーブの上には小ぶりのサツマイモが美味しそうに焼けていた。厨房で油の音をさせ定食用に鯵のフライを揚げている女将を、男たちは「母さん」「母さん」と呼び、女将は器用に男たちの話に相槌を打つのだった、、、。(2011年冬詠)