幼子の泣いて母追ふ土手の春

どちらかと言うと年寄は多いけど子供はいないところです。たぶん近くのお家へ帰省してきたお母さんとその子供でしょう。前を行くお母さんも余裕綽々、泣いている子もなんとなく甘え声、春の午後ならではでしょうか、、、。(2016年春詠)

すぢかひに燕掠める路地の空

今年の初燕は3月13日の午後でした。例年より十日ぐらい早い勘定になります。聞き覚えのある声に見上げると、曇り空の高い所に確かに燕の形、、、。掲句は古い燕の句です。掲句のように路地を掠めるのはまだ先ですね、、、。(2003年春詠)

音たてて酸素出てゐる日永かな

しばらくこのシリーズで、、、。父の病室での句です。父は薬のおかげで夢とうつつの間を行き来しているような状態でした。高階の病室は静かで、窓には午後の日差しがあふれています。聞こえるのはバルブから出る吸入用の酸素の音だけです。この音さえなければ、こんな平和な部屋は、、、。(2003年春詠)

冴返る病院裏の常夜灯

病院のそれも裏口の常夜灯です。父が亡くなる前、すでに医者から告げられた余命の日数は越えていました、、、。いつまでたっても反省ばかりで、今ならもっとしてやれる事があったと思うのですが、過ぎてみないと分からない、、、。(2003年春詠)