身に入むや犬のため掘る墓の穴

2001年の日付があるから、我が家の初代のプードルが亡くなった時の句です。その孫が今の我が家の長老、最近目も耳も少し悪くなったようで、声をかけても気づかないことが多い。私と一緒で、実は聴こえないふりをしているだけかも知れない。年寄の特権、、、。(2001年秋詠)

雪の夜の億万浄土みな静か

古い句です。他の記事を用意していたのですが、大雪が降りましたので差し替えです、、、。適度に雪の降るこの地ならではの感慨かも知れません。雪深い地方に住まわれている方々にすれば、早く過ぎて欲しいだけの季節かも知れませんね、、、。(2001年冬詠)

冬眠のペットの亀や母老ゆる

古い句を続けます。夏ぐらいだったか、玄関に小さな新しい水槽があり、小さな草亀が浮かんでいた。聞くと雨の日にどこからか庭にやって来たらしい。手間もかからないし、父母にとっては格好のペットのようだった。冬に帰るとその亀が動かなくなったと心配している。それはそうだろう、もうとっくに冬眠の時期だからと説明して、ちょっと暗い静かなところに移動してやったが、さて翌年の春にどうなったか聞かないままで、父も母も逝ってしまった、、、。(2001年冬詠)

くさめして父の一枚着せらるる

これも古い句です。たぶん黴かなにかのアレルギーだと思うのですが、実家に帰るとくしゃみが出るのです。それもひっきりなしに。寒いわけではないのだが、と思いながら、母の出す父の服を素直に着られるようになったのは大人になってからでした、、、。(2001年冬詠)

凩や露店に並ぶ金時計

今年は早々と10月に木枯一号のニュースが流れた。あの日は「んっ?今日の風はまるで木枯のよう」と思ったが、ホントに木枯だったようだった、、、。掲句はさっぱり記憶にないのだけれど、2001年の句稿にあった句。近辺の句を見ると、この年の町内会の旅行が出雲大社だった。その時の句かも、、、。(2001年冬詠)

トンネルの中が県境山笑ふ

掲句、出張で中国自動車道を岡山県から兵庫県へと越える県境のトンネルでの句です。昔、幻の国道と言われた180号線の県境を、自転車で越えたことがあります。地図には書かれているのに峠のふもとで道が消え、後は自転車を押しての、夕立と雷鳴の中を草を掻き分けての峠越えでした。旅に出た初日のひどい話ですが、今となっては青春の懐かしい思い出です、、、。今はどうなっているのだろうとネットで見ると、迂回路と明地トンネルという立派なトンネルが出来ているようでした、、、。(2001年春詠)

窯出しや乾ききつたる炭の音

遠い記憶の中にいくつか、祖父の炭焼の場面がありますが、その中の一つが窯出しの場面です。真っ赤に燃えていた炭窯の焚き口に、練った赤土を塗って火を止めます。それから何日後だったでしょうか、窯出しが始まります。窯に入るとまだ暑いぐらいの熱が残っています。その暗がりの中に長さ1メートルほどの焼きあがった炭が整然と並んで立っています。それを壊さないように一本ずつ運び出すのですが、完全に水分の抜けた炭は結構硬く、炭同士が触れるとなんともやさしい金属音がするのです、、、。(2001年冬詠)