蛇口より氷柱一寸外厠

やっと寒波が抜けそうな雰囲気です。掲句、古い冬の句です。記憶をたどって行くと、たぶん田舎へ帰る途中の峠にあるうどん屋の外厠だろうと思います。昔ははこれが普通の冬の寒さだったような気がしますね。とは言うものの、寒波はもう懲り懲りです。早く本物の春が欲しいですね、、、。(2001年冬詠)

黙々と通学班長朝しぐれ

時雨の季節になりました。突然降って来て列の子供たちは慌てて傘を開きます。でも先頭を行く通学班長は傘を忘れたのです。けれど動じません。ひたすら前を向いて同じペースで黙々と学校を目指します。徒歩通勤をしていた頃に見かけた景です、、、。(2001年冬詠)

草むらの箱に捨猫うそ寒し

我が家の側の細い道も今では車が多くなって困っていますが、以前は本当に寂しい田圃の中の道で、時々捨て猫や捨て犬があって困っていました。見ると可哀そうになるので、草むらの中で声がしても知らん顔で通り過ぎていました。最近は賑やかになったせいか捨て猫や捨て犬はなくなりました。そのかわり日々ごみが、、、。(2001年秋詠)

境内の小さき稲荷や黄葉降る

近くにある小さな神社。その境内の裏手にあるさらに小さなお稲荷さん。お稲荷さんだが朱塗りの鳥居は無い。社の大きさに比べると立派な置物の狐が二頭。これがなければお稲荷さんとは気づかないだろうと思う。だがしかし、そのさらに裏手の茂みの中には本物の狐が住んでいる。何かの拍子で見かけると、こちらもびっくりするが向こうもびっくりするらしい。お互いにしばらく立ち止まり、慌てて先に隠れるのは狐のほう。お稲荷さんの傍で見かける狐だから神様のお使いかも知れないが、やせ細っている、、、。(2001年秋詠)

籾殻の火に道草の塾帰り

徒歩通勤だった会社からの帰りに見かけた景。籾殻は何日もかけて焼かれる。田の中にうず高く積まれた籾殻はちょうど火山のようで、その頂あたりから煙が出る。日暮れてくるとちょろちょろと赤い火が見えるようになる。まるで火山の模型のようで楽しい。ついつい遊んでみたくなる、、、。(2001年秋詠) 

年の市母に読みやる値段札

歳月人を待たず、早いですね。もう十二月ですよ、、、。古い句ですが、こんな句を詠んでいました。母を買物に連れて行くと、母はこうして私に読ませて、値段や日付を確かめながら買いました。問題は父で、父と行くと、父は値段も日付もお構いなしで、次々とカゴに入れて行きます。すぐ側に同じ新しい日付の商品があるのに。ようするに、眼鏡を忘れて小さい字が読めないことを、悟られたくなかったのでしょうね、、、。(2001年冬詠)

金風や梁に逆さの千社札

ついでに古い句です。千社札、貼るところを実際に見てみたいと思うのですが、いまだに行き当たったことがありません。長い竿の先で、糊をつけた札を器用に操って貼るのでしょう。目立つようで目立たない、古くなって柱や梁と同化したような千社札を見ると、いつごろの物なのだろうと想像が膨らみます。そんな中にある日、真新しい札が増えている!それも逆さまに、、、。(2001年秋詠)

明るさに音たてて干す小豆かな

これも古い句です。帰省すると庭で母が小豆を干していた。広げたシートの上で笊にまだ収穫したばかりの小豆を入れ、手でかき混ぜては混じっている葉っぱやごみを取り除いている。山間にある実家は朝日が差すのは遅いし日暮は早い。特にこれからの季節は朝は霧に覆われることが多く、朝から日差のある日は貴重になってくる。小豆も母もそんな日差を満喫しているようだった、、、。(2001年秋詠)