残雪の風に晒されゐる山辺

国道429号線を走って津山から倉敷に行くと、峠を二つ越えるようになる。その一つ目の峠に「道の駅かもがわ円城」がある。津山の自宅周辺には雪が無くても、この一つ目の峠辺りのちょっとした日陰には雪が残っていることが多い。掲句は昨年の二月、里雪で県南のほうが雪が多く、峠を越えてからも何箇所もの道端の竹やぶに雪折れが見られた。人と一緒で、県南では竹も雪に慣れていないのかと思ったが、まさかそんなことは無いだろう、、、。(2014年春詠)

飛行機を音の追ひかけ冴返る

子供時代を過ごした実家は山の隙間のようなところにあって、空が近かったせいか飛行機がずいぶん低いところを飛んでいたような気がする。それに比べるとこの辺りでは高いところを、それも定期航路でもあるのだろうか、数も多く飛んでいる。映像と音だから絶対に音が早いことは無いのだが、その音の遅れ方は、風の方向と強さによってずいぶんと違う、、、。(2014年春詠)

早春の菓子舗の前の風甘く

いかしの舎から早島公園に向かう途中に小さなお菓子屋さんがある。そのなんでもない街の、なんでもない小さなお菓子屋さんから、甘い匂いが風に乗って漂って来た。寒風の中を漂ってくるうどんの出汁の匂いもいいが、早春にはやっぱりこのほうが合っている。ということで一句。うぐいす餅かはたまたいちご大福か、、、。(2014年春詠)

地に人の梢に鳥の春の声

去年の二月の句会は早島の「いかしの舎」だった。前日に降った雪が随所の残る県南では珍しい日だった。吟行は不老の道を通り、裏から早島公園へ上った。頂上近くの広場がゲートボール場になっていてお年寄りの賑やかな声が聞こえていた。広場の周辺には大きな木が多く、こちらには鳥たちが、こちらもお年寄りの声に負けじと賑やかに鳴いていた。雪の残る景色の中だったが、どちらもまさしく春の声だと思った、、、。(2014年春詠)

春光の眩しさに繰る雨戸かな

今は雨戸の無い家や、在ってもシャッターだったりするようですね。築三十年の我家は、いわゆる引戸タイプの雨戸ですが、材質は金属です。それをガラガラと近所中に聞こえるような音をたてて開け閉めするのですが、さすがに三十年も経つと戸車にもガタが来て、一筋縄ではいきません。知らず知らずに身に付いたテクニックを使っています。春は曙、何といっても開けたとたんに飛び込んでくる春の光は最高ですね、、、。(2014年春詠)

頭の中に我声のあり冴返る

そろそろ話題を戻そうと思います。去年歩いていてふっと掲句のような感覚にとらわれて、これって寒さで頭がどうにかなる前なんじゃあないかと思ったりしました。それで今年からはニット帽をかぶることにしました。ついでにネックウォーマーで鼻まで隠して、これで犬をつれていなかったら、ちょっとした怪しいおじさんです、、、。(2014年春詠)

春雪の夜の半月濡れてゐし

ついでにもう一人。私と同じぐらいの年輩らしいご婦人。手術をして杖が無いと歩けなくなったと言われながらいつも明るい方です。一日の半分ぐらいが霧に覆われる津山の冬が陰気で嫌いだと言われる。それは確かにその通りなので、聞くと鳥取の出身らしい。私は冬の日本海に陰気な印象を持っていたのですが、鳥取の冬は霧が出ても海からの風ですぐに晴れて、こんなに陰気じゃあないのだそうだ。今は慣れたし、歳を取って朝起きるのも遅いから良いけど、お嫁に来た若い頃はホントに嫌だったと、これも明るくおっしゃった、、、。(2014年春詠)

自転車のいつもの帽子風光る

昨日書いた東北訛りの方、プールへはいつも奥様と一緒で仲が良さそう。ジャグジーにそのご夫婦と、同年輩のご婦人一人、それに私の四人で浸かっていた時のこと、「わし、ちょっと汗をかきに行くワ」とご主人はサウナへ、三人が残った。「あんた、いつも一緒でええなあ」「そんな事ぁありゃあせんで」「家ではどうなン?」、ここでそのご婦人私のほうを見て、「殿方の前でこんな話をしちゃあいけんなあ」、私が「いいえ、聞こえませんからどうぞ」と言うと再び話し始めた。「○×△#$%」「□○♪&%$」「###○○○」、、、。(2014年春詠)

浅春の日差す所にプランター

プールだからロッカールームで全員が着替えます。見ていると立って着替える人と、ベンチに座って着替える人がいます。どうもそこが老人の一つの境目のような気がします。もちろん、女性のロッカールームは覗けませんので、男性の場合の話です。あの、俳句を草田男に採られたことがあるという方は、「若い頃に私の祖父さんが座って着替えるのを見て、なんで座って着替えるんじゃろうか、だらしねえなあと思ようたら、いつの間にか自分がそうなっとった」と。別の東北訛りの男性は「ぁあ、もう!どうにもこうにも身体が動かん!時間がかかってしょうがねえなあ。人間八十を越えたらいけませんわァ」と、この方はまだ自分がその年齢になったことに納得がいかないようです、、、。(2014年春詠)

峡ひとつ隠して春の時雨かな

プールのシャワールームからシャボンが匂い鼻歌が聞こえてくる。もしやと思っていたら、案の定出てきたのはあの山小屋暮らしの仙人だった。ずいぶん見かけないので仙人暮らしを止めて大阪に帰られたか、はたまた山小屋で息絶えておられるのではないか、などと心配していたのだが。「久しぶりですね」「おゥ、こんにちは」「お元気でしたか?」「いやあ、風邪をひいてねえ」「インフルエンザですか?」「いや、ただの風邪なんだが、治らなくてねえ、結局二ヶ月ほど寝とったよ」「二ヶ月ですか!医者へは行かれたんですか?」「ああ、行った行った。医者の話では死ぬ手前だったらしいよ。ワッハッハ」「そうですか、まあ治って良かったですね。お大事に」そう聞いて、改めて見ると、確かに前より一回り細くなって、体系はますます仙人に近くなっていた、、、。(2014年春詠)