蝉鳴いていよいよ暗し杉木立

今年の初蝉は七月六日でした。いつもの散歩道の桜並木の土手です。もう梅雨が明けますね、というのが毎年この土手で聞く蝉の声ですが、その通り七月八日に梅雨が明けました。掲句の杉木立は別の場所ですが、土手の桜並木もこの時季は結構暗いです、、、。(2003年夏詠)

峰雲や父の手になる塩むすび

私は一人暮らしもしたし、料理、洗濯は苦もなく出来るが、父は全くやった事のない人だった。そんな父が家事を始めたのがこの年だった。もちろん理由があっての事で、以前から身体の具合が悪かった母が、とうとう無理が出来なくなったからだった。父は元々器用な人だったので、おむすびも多少大きいぐらいで、立派なものだった。母は、「味噌汁も作ってくれるんじゃがなあ、今までしたことがねえから、野菜を食べれんほど大きゅう切るんじゃ、・・・」と文句を言いながらも嬉しそうだった、、、。思えば長年尽してくれた母への、父の最初で最後の女房孝行だったようで、父が亡くなったのは翌年だった、、、。(2002年夏詠)

農小屋の眠れるごとし大青田

農小屋の中には出番の終った農機具や、資材などが入っているのだろう、広い青田の中にぽつんと立っている。錆びたトタン板の、継ぎ接ぎだらけの小屋は、決して立派とは言えないが、経てきた年月の風格が漂っている。真昼の風にさわさわと音を立てる青田をよそに、まるで眠っているようにさえ見える、、、。(2010年夏詠)

噴水のしぶきを鳩と分かちけり

岡山駅東口に桃太郎の銅像と噴水がある。先月の句会は暑い日で、銅像の台座にも、噴水のベンチ脇にも鳩がグッタリとして寝そべっていた。ベンチに座っていると、時たま風向きで噴水の飛沫が飛んできて、わずかばかりの涼風となった。桃太郎は暑さなど何処吹く風で、元気に手をかざしたままだった。<桃太郎犬猿雉と鳩も連れ 牛二>こんな句も出来たが、雉は春の季語だったなあ、、、。(2013年夏詠)

黒南風や死せば更地となり売らる

私がここへ来た時にはもう一人暮らしだった、上品に年取ったお婆さん。図書館にあった古い合同句集に名前を見つけてから俳句の話をするようになったが、その頃にはもう認知症が始まっていて、同じ事を何度も何度も聞かれるのには閉口した。ある日「良いものをあげます」と言って、奥のほうから「西東三鬼読本」を持ってきて下さった。今でも私の大切な本だが、結局これが形見になってしまった、、、。そのお屋敷は長い間空家になっていたが、とうとうこの春から取り壊しが始まった。先日、梅雨の晴間に久しぶりに通ったら、きれいな更地になり、ちょうど二人の男が「売地」と書いた看板をたてているところだった、、、。(2013年夏詠)

緑蔭のベンチに一人鎧武者

※※ 映画ロケ風景 ※※ と書いて置けば分かるでしょうか。まだ二十代の頃になりますが、夏に津和野城址へ行った時のことです。城址への山道を歩いて、いきなり足軽姿のお侍に出くわしました。一瞬理解不能に陥り、心臓が止まるかと思いましたが、映画のロケと聞いて納得しました。山上の城址では、雲の位置が悪いとかで、皆さん時代劇の衣装のまま、思い思いの場所で休んでおられました。そんな中に観光客が混じっている、なんとも不思議な光景でした、、、。ふと、そんな若かった頃の夏を思い出しました、、、。(2013年夏詠)

青梅雨や瓦積みおく堂裏手

後半に入り、いよいよ青梅雨らしい日々が続いています。句会へ行く途中、句が揃わず藁をも掴む思いで寄道した誕生寺、覗いた小さなお堂の裏側の景。補修用か、建てたときの残りか、浅い廂の下に積み置かれた、すでに苔むした瓦が雨に濡れていた、、、。(2010年夏詠)

萱草の花の痩せゐし墓地の隅

萱草が咲き始めました。目立つようで目立たない花という印象があります。葉っぱの薄緑も、花の朱色もおとなしいですね。それでいて、石崖の間のようなところからでもひょろひょろと花茎を伸ばして、花をつける強さがあります。我家の裏の土手に生えた萱草は、刈っても刈っても懲りずに生えてきます。掲句の萱草も散歩で側を通る、除草剤で処理したような墓地の隅に、ひょろひょろと伸びて咲いていた萱草の花です、、、。(2012年夏詠)

大鯰ひげで探りし空の縁

会社と中国道の土手の間に大きな用水路があった。吉井川の支流になり、普段はほとんど水量が無いが、田圃に水が必要な時期と大雨の時だけは用水路らしい流れを見せた。中国道の土手は鬱蒼と茂り、会社側は桜の古木が連なり、格好の目隠しになるからだろう、水量の多い時期には鯉や鯰が上って来てゆったりと泳ぐ姿が見えた。鯰は水底で昼寝のようにじっとしていたが、突然ゆっくりと身体をくねらせ、用水路の縁沿いに水面に近づくとしばらく口を動かしていた。それに合せて水面から出た太いひげが、ちょうど何かを探しているように動いた。それが終ると、鯰は再び水底に沈み、何事もなかったように動かなくなった、、、。(2011年夏詠)

石橋の下に小流半夏生

これは植物の半夏生、今日は暦の半夏生です、、、。Hさんは時々家で咲いた花を持ってきては事務所の机に飾っていた。「渡辺さん、これ知っとる?」とHさんに見せられて、直感的に「半夏生?」と答えたが、それまで本物は見たことがなかった。しかし、その半夏生はまさにイメージ通りの花だった、、、。その半夏生を通勤途中で見つけたのがこの時だった。昔の、溝を掘っただけのような小さな用水路の、石橋を抜けた曲がり角に、流に根をおろすようにして群を作っていた。たぶん自生で、それまでもあったのだろうと思うが、Hさんに本物を見せられたことで、私の中の半夏生のイメージが確定したのだろうと思う、、、。(2008年夏詠)