居残りて開く句帖や背に西日

久しぶりに元勤務先を訪ねたら、昔から消防設備の点検をお願いしていた会社のNさんに出くわした。ちょうど点検の日だったようで、作業服の腰には重そうに工具がぶら下がっていた。こちらはTシャツにGパン、向うのほうが先に気づいたようだった。「お久しぶりです」「やあ、元気そうですね」「どうされて?」「辞めました」「えっ?」「ちょうど定年だったんですよ」「それじゃあ今は?」「無職です、何か仕事があったらお願いしますよ」「いやいや、私だって延長で働いている身で」「そうですか、でも仕事があるうちが花ですよ、がんばってください」「はい、ありがとうございます」向うに見慣れた運送会社のトラックが止まっている。降りてきた運転手は、髪は白くなっているが、これも日々なだめたりすかしたりしながら、無理をお願いしていたOさんだった、、、。(2010年夏詠)

たくましき女の素足立ち止まる

ミニスカートが流行り出したのと私が就職したのが同じ頃だった思う。会社も工場も若かったから働いている女性も若かった。だから競うようにミニスカート姿で、健康的な逞しい足を見せていた。その足は明らかに今の若い女性の足とは違う足だったような気がする、、、。掲句は西川緑道公園で久しぶりに見た昔タイプの足、見事さに見とれていたら突然立ち止まって振り向いた。やましい心はないのだが、ちょっとドギマギしてしまった、、、。(2013年夏詠)

クロールの顔上ぐる度夏の雲

昔の田舎の小学校にはプールなんてものは無く、泳ぐのは川に限られていた。だから水泳が許可されるのは、梅雨が明けて水温が上がって来る、ほとんど夏休みに近い頃だった。我慢できずに泳ごうものなら、なぜだか必ず学校に知られて、こっぴどく叱られたものだった。今は六月になると水泳の授業が始まるからだろう、私が通っている市民プールにも、休日には急に子どもの数が増えてくる。おかげでこちらは泳ぐのもままならない状態になって来る。それに比べると、平日のプールのなんと穏やかなこと、中央のコースを独り占めにしてゆったりと泳いでいると、ちょうど顔を上げた目線の先に育ち始めた峰雲が見えるのである、、、。(2013年夏詠)

清水汲むペットボトルを曇らせて

山道を走っていると清水の湧き出しているところがある。傍に小さな祠があり、水神様が祀ってある。これなら飲んでも大丈夫だろうと、手に受けて口に運ぶ。冷たい、美味い、一度に暑さが引いていく。せっかくだからと、車から空いたペットボトルを出してくる。小さな口からチョロチョロ入れると、入れたぶんだけペットボトルの周囲が曇ってくる、、、。(2012年夏詠)

池の辺の風にまどろみ夏あざみ

作楽神社の奥まったところにある古池、昔は池なのか沼なのかと思ったが、最近は少しきれいになって睡蓮も咲いている。魚はいないようだが、牛蛙は鳴いている。時々飛び込む音がするが、大き過ぎて”古池や、、、”とは言いがたい、、、。(2011年夏詠)

羽衣のやうに掛かりし蛇の衣

蛇がどうやって殻を脱いでいくのか、実際に見たことはないが、脱ぎ捨てられたものを見ると、どうやら最初に刺のようなところを見つけて、そこに口のあたりを引っ掛けて脱ぎ始めるようだ。後はゆっくりゆっくり、脱ぎにくいところは石や木の角のようなところを利用して擦るようにして脱いでいくのだろう、、、。掲句、河原の木にキチンと掛かって風にゆれている蛇の衣、遠目には羽衣、とは見えないか、、、(笑)。(2010年夏詠)

浜茄子や刺あるものもいとほしく

浜茄子はバラよりもたくさんのトゲがある。花びらはバラよりも柔らかく、ふんわりした感じ。香りはバラよりも強い。丈夫でほって置いても毎年花をつけてくれる。今年は冬の間に、少しだけ古い枝を整理してやったら、ますます元気になってたくさん花をつけている。トゲもいつになく良い色をしている。ネットで調べると、花びらはお茶にして飲めるそうだから、早速試してみよう。実も食べられるそうで、これも楽しみだ。長い間ほったらかしでゴメンなさい、、、。(2013年夏詠)

朝日受く新聞受けのなめくぢり

庭に植えておいたキャベツ、玉になるのは無理だろうとあきらめていたら、何とか形になった。待って、待って、満を持して採ったら、中がナメクジだらけだった。それでネットで調べたら家庭菜園のナメクジ対策にはコーヒーが効果的らしい。というので先日から、ドリップの後のコーヒー滓を溜めている。先は長い、、、。そういえば昔からナメクジは多かった、と思い出したのが掲句、、、。(2000年夏詠)

睡蓮の池眠らせて雨しとど

ヘッダーの写真は今年の入梅前の衆楽園、睡蓮が池を覆うように増殖している。掲句は2012年の梅雨のさ中の衆楽園、人の姿は無く、池はまるで眠っているようだった。それにしても、睡蓮の勢いがすごい!ひしめき合って、年々勢いを増しているような気がする、、、。(2012年夏詠)