牛洗ふやうに田植機洗ひをり

牛の代わりはトラクターだろう。考えてみればそうなのだが、家の前で丁寧に田植機を洗う姿を見て、なぜか記憶の片隅にある田植の後で牛を慈しむように洗う映像が重なった。ほんとうにかすかな記憶で、私が小学生のころには耕運機があっという間に普及し、田の中に牛を見ることは無くなった。農繁期休暇なんていうのもあったなあ、、、。(2013年夏詠)

天に地に空あり代田広ごりて

農作業を観察してみると、前日の夕方までに代掻きを済ませ、翌日朝から田植というケースが多い。夕方の代掻きが済んだばかりの田には濁りがあるが、一晩たつと落ち着いて澄んだ色となる。それを散歩の土手の上から見ると、ちょうど昇りかけた朝日の光の角度によるのだろうか、まるで上下に空があるようにきれいに映って見える。前日の夜に、遅くまでトラクターの音が響いていると思っていたら、一晩でこの風景が出現するのである。それも兼業農家が多いからだろうか、合わせたように一斉に休日に、、、。(2013年夏詠)

物干のパジャマだらりと走り梅雨

中国地方の統計を見てみると、1963年の入梅は5月8日ごろとなっています。子どもの日を過ぎたと思ったらもう梅雨か、敵わんなあ、と牛二少年が思ったかどうか、記憶にはありません。遅い年では1968年、6月24日ごろとなっています、、、。(2010年夏詠)

声がして鳰の浮巣はあの辺り

吉井川の私が散歩する側は広い河川敷があり公園になっている。川を挟んだ向こう側は岸辺に山が迫っており、ほどよく緑が茂っている。笑い声のような鳰の声が時々聞こえてくる。声はすれども姿はない。浮巣もまだ見たことがないが、きっとあの辺りなんだろうと想像している。もう少しすれば浮いたり沈んだり、小さな姿が見えるようになる、、、。(2009年夏詠)

夏蝶の二頭もつるることもなく

とある午後の土手の並木の木陰での景、大きいから落ち着いている訳でもないだろうが、黒い揚羽が二頭、優雅に舞っていた、、、。定説は無いようですが、なんで蝶は一頭、二頭と数えるのでしょうね、、、?(2013年夏詠)

川に犬入れて見てゐる薄暑かな

ラブラドールレトリーバーはどの犬も水が好きなのかと思ったがそうでもないらしい。近くの表具屋さんのところのラブラドールは、「水は苦手だけど走るのは大好き」と、いつも自転車と一緒に走り回っている。だからかどうか、うちの愛犬「もみじ」よりずいぶんスマート。うちの「もみじ」は真冬でも水に入りたがるぐらいに水が好きだが、「いくらなんでも後の手入れが」と、こちらの都合で禁止、五月から解禁となる。で、土手から少し降りた川の中に首まで浸かり、上目づかいにこちらを見ているのだが、この時季になると、それを見ているこちらの額には汗が滲んでくる、、、。(2013年夏詠)

吸ひ込まれさうな気のする夏のダム

勢いよく水を吐く夏のダムを上から覗いていると、なんだか吸い込まれそうにな気分になって来る、、、。この項を書こうと、もう一度苫田ダムを見に行ったら、吸い込まれそうな放流はしていませんでした。が、放流は無くても、やはり吸い込まれそうでした。今回は下から見てみようと、下流からダムの下まで行ってみました。あまり訪れる人は無い雰囲気でしたが、なんと河鹿蛙の声が聞こえるのです。これはたぶん穴場じゃあないかと思います。もっとも、これを読んでいただいている方には、たぶん縁のない場所ですね、、、。(2013年夏詠)

艶やかに光返して夜の新樹

何より外から帰った時に灯りが欲しい。それに防犯の意味もある。ということで、家の周囲に何箇所もセンサーライトを付けています。通りがかるとパッと明るくなって、離れると暗くなるというやつです。確かに便利なのですが、感度の調整が難しい。風に木の枝が揺れても灯る、野良猫が通ると灯る。で、夜中に突然玄関の外が明るくなったりすると、結構ドキッとするものです、、、。でもこの時季外に出ると、途端に応えるように、闇の中から木々の緑が返してくれる光は、なんとも言えず柔らかく美しい、、、。(2013年夏詠)