長椅子に寝て蟋蟀の近くなる

会社の所々に置かれている休憩用のベンチ、何となく横になってみたくて寝てみたら、耳のすぐ傍で蟋蟀の声が聞こえた。ああ、何と心地よいことよ、、、と、思う間もなくサラリーマンの性で起き上がっていた、、、。(1999年秋詠)

秋灯の塾次々と子を吐けり

通勤の途中に学習塾があった。自宅の離れを改造した個人経営の塾で、それほど大きくはなかったが、そこそこ実力はあるという評判だった。毎年受験シーズンの終りには、通りに面した壁に「○○大学合格一人」「△△高校合格十人」とその年の実績が貼り出されていた。残業をして帰る時刻がちょうど塾の終りの時刻に合うのだろう、通りかかると灯の点いた入口から次々に子どもたちが、ちょうど吐出されるように出てくるのである、、、。(1999年秋詠)

溝萩や途切れとぎれに下校の児

子供たちは朝の集団登校のような緊張感も無く、溝萩が咲いている田圃沿いの道を、道草をしながら自分のペースでゆっくりと帰って来ます。二学期になると日の暮れも早く、もう太陽は西の山にかかろうとしています、、、。(2002年秋詠)

二百十日伏せて干さるるゴムボ-ト

なんだかんだと言っているうちに九月になりました。二百十日です。今年はとゲリラ豪雨でずいぶん被害がありました。日本の気候は壊れてしまったのでしょうか?もうこれ以上災害がありませんように、、、。掲句は赤穂の城跡で見たゴムボート、なぜここに(?)と思った記憶があります、、、。(2002年秋詠)

ねこじやらし犬と遊べばいぬじやらし

すみません、こんな句で、、、。秋って難しいですね。身体の感覚として、なかなか秋になれないからでしょうか?と言いつつも、明日で八月も終りです。そろそろがんばらなければなりませんね。反省、反省、、、。(2011年秋詠)

いわし雲空一枚を画布として

鯖雲と鰯雲と鱗雲、どう違うのだろう?とネットで検索してみると、写真付きですぐに出てきます。なんと便利な世の中になったことでしょう。ということで、興味のある方は検索してみてください、、、。何度も何度も書いてしまいますが、私の育った両側を山に挟まれた故郷では、空も狭いので、空全体が鰯雲に覆われてしまうことがあります。圧倒されます。見上げていると、自分まで地球という船に乗って動いているような不思議な感覚になってきます、、、。(2012年秋詠)

屋上に病衣はためき天高し

今はどうなのだろう。洗濯機や乾燥機も進歩し、病院もずいぶんお洒落になった。だから現在の病院には、こういう光景は無いのかも知れない、、、。病院の屋上は物干場になっていて、沢山の洗濯物が風にはためいている。カラフルとは言い難く、おおむね白が多かった。残った空間にベンチがいくつか置いてある。ベンチに座って眺めると、どこまでも青い秋の空があり、旅人のように雲が流れている。不思議と音の記憶はない、、、。(1999年秋詠)

流れ来しものの一つに秋の瓜

私から見れば立派な瓜でも、お百姓さんにとっては出来損ないの一つなのでしょう。用水脇を歩いていると、時としてビックリするような瓜や西瓜が流れてくることがあります。拾って帰って切ったら、中から可愛い瓜子姫が出てきました。なんてことは無いので拾いませんが、もったいないとは思います、、、。(2011年秋詠)

秋の蚊を打つてわが血が掌に

コガタアカイエカでは無く、たっぷりと血を吸った大きなヤブカ、膨れた腹のあたりが赤く透けて見え、飛ぶのもやっとという姿。それをパーンと小気味良い音をさせて打つと、開いた掌に血の跡がべっとり。これが血の色だったか、、、と、久しぶりに自分の血を見た瞬間だった、、、。上手く蚊が打てたのも久しぶりだったような、、、。(2011年秋詠)