夜神楽の神と人とに同じ闇

神楽は宵祭の深夜まであります。神社の本殿が舞台と客席になります。本殿の外にも人が溢れ、さらにその外の一角で、焚火の火が赤々と燃え上がっています。一杯機嫌の大人たちは、炎の熱に顔を背けながら、最近見てきた神楽やら、神楽太夫の評価やら、神楽談義に余念がありません。神楽に飽いた子どもたちは、そんな大人たちの間にもぐりこんでは暖を取り、また本殿に戻って行くのです。(1999年冬詠)

夜神楽の酔のまはりし足運び

美作地方の祭は「だんじり」が主役になりますが、私の育った備中地方では「備中神楽」が主役となります。娯楽が少なかったこともありますが、子どもの頃から慣れ親しんだ太鼓の音を聴くと、今でも心がはやります。どうしても贔屓目に見てしまうのですが、全国にいろいろな神楽がある中でも、備中神楽は最高です。(2000年秋詠)

コンビニを法被飛び出す秋祭

入ろうとしたコンビニの扉が勢いよく開いて法被姿の若者が飛び出してきた。あやうくぶつかりそうになったが、次の瞬間には若者はもう通へ駆け出していた。若者が駆けて行く先からは、通の角を曲がってくるだんじりの声と鐘の音が聞えてきた。そこで初めて秋祭の日であった事を思い出した。子どもが成長してからは、祭ともすっかり疎遠になってしまった、、、。(2010年秋詠)

人小さく銀杏黄葉の下を掃く

我家から少し走ったところに国道が交わる交差点があります。その傍のお宅に大きな銀杏の木があり、落葉の季節に信号待ちをすると、交差点に舞散る黄葉が見えます。信号の変わり際の一瞬だけ車が途絶えた空間に、空から銀杏の黄葉が降って来る。絶景です。短時間ゆえの儚さが美しさを増幅させるのでしょう。その道が今拡幅工事の真っ最中です。この銀杏もやがて切られる運命なのだろうと、先日その交差点で止まった時にふと思いました。落葉にはまだ少し早い時季でした。掲句は徒歩通勤の途中の作楽神社で見かけた風景。銀杏の大木が何本もあります。これもまた絶景です。(2009年秋詠)

一夜にて落葉の道となりにけり

紅葉から落葉へと、季節の足は速いですね。一晩風が騒いだ後の朝の散歩、並木道はすっかり落葉に覆われているのです。そうしてやがて、車が通り、昼間の風が吹き、夕方の散歩の時には、掃いたようなきれいな道に戻っているのです。(2010年秋詠)

また一人社を去る話とろろ汁

退職もあれば途中入社もあるのが世の常で、この句の一人が誰であったのか今となっては記憶にないが、何か思うところあってこの句になったのだと思う。とろろは「汁」よりも「飯」のほうが好きで、祖母にも母にもよく作ってもらったし、手伝わされた記憶もある。田舎で育てていたのは「つくね芋」や「やまと芋」で、現在多く売られている「長芋」より丸っこく、濃厚な味がした。炊きたてのご飯とこれさえあれば満足で、いくらでも入った。一度食べ過ぎて動けなくなったことがある。人間食べ過ぎると本当に動けなくなることを体験できたのもとろろ飯のおかげだ。(1999年秋詠)

晩秋のいつもどこかに青けぶり

晩秋の晩秋らしいのは、やはり夕方の農村風景ではないでしょうか。掲句は昨年詠んだものですが、今年は毎日歩いているので、ことさらそう思います。広く続く田圃の遠くに青煙が上り、ぽつんと人が動いている。毎日の、そんな風景、、、。(2011年秋詠)

こま犬の口の中にも紅葉かな

倉敷まきび公園吟行での句。合歓の会に参加して2回目の吟行、諸先輩がたに混じって余裕は全くありませんでした。藁をも掴む気持ちで覗き込んだ狛犬の口の中に紅葉が一枚、やっとこの日の最初の一句となりました。七句出句は今でも苦行です。(2008年秋詠)

二階より鶏が顔出す文化の日

近くのお宅の車庫の屋上に、ログハウス風の小屋と鶏舎があり、鶏が飼われています。色が茶色だから矮鶏かも知れません。数匹がコッコ、コッコとよく鳴いています。暖かい昼間は外に出してもらい、屋上の手摺の上を歩いていますが、よく逃げ出さないものだと思っています。たまたま通りかかったのが文化の日で、たまたま二階を見上げると鶏の顔が覗いていた、という図。これも文化。天気の良い日でした。(2010年秋詠)

お喋りをしたく鶺鴒寄り来る

鶺鴒は長いサラリーマン生活の中で、最も親しかった鳥かも知れない。会社の通用口の廂や屋根の隙間によく巣を作った。鶺鴒の寿命がどれくらいなのか知らないが、定年までには何世代も代替わりし、そのうち私の顔も覚えたのかも知れない。ずいぶん近くまで寄ってきてお喋りをして行った。ある年一羽の鶺鴒が通路に死んでいた。まだ新しかったが車も通るところなので、拾って片付けた。それをどこかで見ていたのだろう、しばらくの間私は悪者としてしきりにまとわり付いて責められた。(2011年秋詠)