春雨や濡れて色増すトルコ皿

倉敷美観地区にあるトルコのお店、軒先に異国の雑貨が並んでいる。トルコ皿もその一つ。いつもその鮮やかな異国模様を見て通る。いつも見るだけだがその日は雨、雨の中で濡れた皿の模様がいつもより更に鮮やかに見えた、、、。(2017年春詠)

路地裏は風のたまり場黄水仙

水仙は冬の季語、黄水仙は春の季語です。県北と県南の差を感じるものに水仙の咲く時期があります。今年は暖冬で、県北で初めて年末に咲いた露地に自生した水仙を見つけました。それから徐々に増えて、今が盛りぐらいです。黄水仙はまだこれから。あれ?暖冬だったのに、と思っています、、、。(2017年春詠)

春泥の抜き差しならぬ足の位置

散歩に行く土手の道に一か所だけアスファルトが途切れ、雨が降ると必ず水たまりが出来るところがある。そこを車が通るものだからもう大変、硬そうなところを選んで足を運んでいると、何かのゲームのようにどうにもならない体勢に、、、。(2017年春詠)

川広く使う一群春の鴨

今年は例年になく水鳥の姿が少なかった。春になってさらに少なくなってきた。まだ残っている鳥たちが広くなったスペースを使って存分に遊んでいる。もう残ると決めた二羽だろうか、少し離れた所で静かに過ごしている、、、。(2018年春詠)

畔焼の煙あひだに「今日は」

畔焼が始まっています。皆さん草焼き用の灯油バーナーを使われているようです。もうもうと煙を上げて畦を走る火はまるで生き物のようで、ついつい見入ってしまいます。そんな煙の向うに顔が現れて「今日は」、、、。(2018年春詠)

老犬の影細く置く春の霜

そう言えば愛犬「もみじ」に老いが目立ち始めたのが去年の春だったと思い出したのがこの句。以前は「もみじちゃん元気?大きくなったねえ!」と言われて「ははは、大きくなり過ぎて」と答えていたのが今では「痩せたねえもみじちゃん、ちゃんと食べてる?」と言われる始末。顎の下に白い物が見えるのは飼い主も同じだが、年齢はとっくに追い越されてしまったようだ、、、。(2018年春詠)

春雨や菓子舗花屋と続く街

冷たい雨の中を吟行に出る。早島いかしの舎から早島公園へ向かって少し歩いたところ、落ち着いた街並の中に古い小さな店が続く。ほとんど人通りはなく、店を覗いても明りで開いていると分かるものの人影はない。もっともそのほうが吟行には都合が良いのだが、、、。(2018年春詠)

春眠や次々続く日々の音

そろそろ起きようかなと思いつつ聴く日々の音、新聞の届く音、始発列車の通る音、目覚め始めた雀の声、午前六時に鳴る「ミカンの花咲く丘」のメロディー、だいたいこの辺で起きだします。三月です。朝も起きやすくなりました、、、。(2018年春詠)