鐘一つ鳴れば冬日の零れ落つ

「室戸」その10 これで十句終わりです。八十八箇所めぐりのお遍路なら結願ですね。掲句は最御崎寺での句です。今更ですが最御崎寺は「ほつみさきじ」と読みます。四国に居る間に十箇所ぐらいの札所寺を巡りましたが、一番気に入ったのがこの最御崎寺です。中には商業一筋と言った感じでがっかりする寺もありました。最御崎寺は室戸岬の灯台より少し高い位置にあり、灯台までは降りられないのですが、行き止まりにあるフェンスの位置からは灯台の周囲に植えられた水仙がきれいに咲いているのが見えました。四国での勤務を終える少し前、ちょうど今頃の一人吟行でした、、、。(2011年冬詠)

御厨人窟の闇より一羽寒鴉

「室戸」その9 前述の虚子の句碑から遠くないところに空海が修行をしたという御厨人窟(みくろど)という洞窟があります。ちょうど車から降りた時に、その洞窟の闇の中から鴉が一羽飛び出して来ました。たぶんお供えでも頂きに来るのでしょう。しばらくは洞窟の上の崖に張り出した松の木の枝に留まってこちらを伺っていましたが、何も持っていそうに無いと思ったのか、何回か鳴いて飛び去って行きました。本当に修行をしたのかどうかは分かりませんが、それほど深くは無いその洞窟に座ると、ちょうど荒れた海と冬の空との接点が見えるのでした。と言うか、しか見えないのです、、、。(2011年冬詠)

大虚子の句碑海を向く枯葎

「室戸」その8 「あれっつ、何かあったぞ」と車を止めて引き返すと、国道を挟んで海岸と反対側の少し奥まった枯葎の中に句碑が立っていた。「龍巻に添ふて虹立つ室戸岬」高浜虚子の句碑だった。句碑の向く先には竜巻も虹も無かったが、なるほどと思わせるような荒れた冬の太平洋が広がっていた。誰が置いたのか、句碑の下に小皿があり、中には落葉と一緒に小銭が数枚入っていた。周囲は手入れをされているふうもなく、生い茂った草が枯れている冬だから気づいたものの、きっと夏草の時期だったら気づかずに通り過ぎただろうと思えた、、、。(2011年冬詠)

昼間より酒の入りて鰤談義

「室戸」その7 どうやら話は漁のことらしい。海が荒れて漁に出られない日は集まって昼間から酒を楽しむのだろうか。聞こえてくるのは、どこで獲れた鰤が美味いかという話のようだった。中の一人は和歌山から来ているのだろうか、しきりに「和歌山のどこそこの鰤が」と説明しているが、皆それぞれに話すので、話が入り乱れて訳がわからない、、、。そのうちに日替わり定食が出来てきた。揚げたての鯵フライ、さすがに海辺の食堂で、皿には少し小ぶりのフライが五枚も載っていた、、、。(2011年冬詠)

母さんと呼ばるる女将冬ぬくし

「室戸」その6 寂れた国道55号線沿いにはほとんど店がなく、やっと見つけた小さな海の見える食堂、何かは食べられるだろうと入ると、片隅に数人の中年の男が話している。どうやら酒が入っているらしい。「「いらっしゃいませ、何にしましょう」と立ってきた女将は、口調は若そうだが見た目は十分に年を召している。目の前の黒板に日替わり定食の文字が見えたので、迷わずそれを頼み、ストーブがあったので、その傍の席に座った。ストーブの上には小ぶりのサツマイモが美味しそうに焼けていた。厨房で油の音をさせ定食用に鯵のフライを揚げている女将を、男たちは「母さん」「母さん」と呼び、女将は器用に男たちの話に相槌を打つのだった、、、。(2011年冬詠)

寒禽の声に心経紛れけり

「室戸」その5 私はただの旅行者として最御崎寺へお参りしましたので、お経を上げることはしませんでしたが、遍路をされる場合は本堂と大師堂の二箇所で般若心経をあげるのが作法だそうです。バスツアーの遍路の皆さんは案内の方のメガホンに合わせて大きな声で読経されます。一人の方は人それぞれで、すがりつくように読経されている方もありました。どちらかと言えば一人で回られている方の落ち着いた読経の声のほうが心に沁みる感じがしました、、、。(2011年冬詠)

独言ゆふても一人山眠る

「室戸」その4 室戸岬の灯台の近くにある最御崎寺までは車でも登れますが、海岸を歩いているうちに遍路道を見つけ、ほんの出来心で、歩いて登ってみました。二十分ぐらいかかったでしょうか、正直なところ運動不足の身体にはきつくて、途中で何度も後悔しましたが、そのぶん最御崎寺の山門にたどり着いた時の喜びは大きいものでした。遍路道と言ってもごく普通の山道で、違うところは道端の木にお遍路さんの残した道しるべがたくさん下がっていたことです。じっくりと見たわけではありませんが、古くからの物が大切に残されているようでした。ごみは落ちていませんでした。まさに信仰の道です。遍路道を歩いたのはここだけですが、いつか歩き遍路をしてみたいと思うようになってしまいました、、、。(2011年冬詠)

石蕗の花四国はどこを歩けども

「室戸」その3 こと室戸に限ったことではありませんが、四国に居る間はどこへ行ってもこう思っていました。ホテル近くの公園、山道、何箇所か周った札所寺、どこへ行っても、ちょっとした道端には必ず石蕗の花が咲いている。自生しているのかも知れませんね、、、。(2011年冬詠)

バンダナの下は坊主か冬遍路

「室戸」その2 季節がら歩き遍路は少ないですが、それでも何人かには会いました。掲句はその中の一人、白衣に、菅笠を付けたリュックを背負い、頭にはバンダナを巻いた、まだ若い体格のしっかりしたお遍路さんでした。室戸岬の手前の太平洋沿いの国道で会い、岬にある最御先寺まで先になり後になりしながら遍路道を上りました。後ろから見ながら、きっとバンダナの下は坊主だろう、坊主でないと様にならない、と思いましたが、見た訳ではありません、、、。(2011年冬詠)

浦の字の続く地名や冬の旅

「室戸」その1 もう三年前になりますが、四国の阿南市に勤務していた頃に、思い立って一日休みを取り、一人で室戸岬まで吟行したことがあります。その時の十句を「室戸」としてまとめましたので、それを今日から連続して書こうと思います、、、。まずは旅の始まり、ホテルから会社とは反対方向へ走って室戸へ向かいます。太平洋沿いの国道55号線を走っていた時の句です。海辺の地方では当たり前でしょうが、山の中に住んでいる私にとっては、標識がある度に出てくる地名の「浦」の字さえもが珍しく、新鮮に感じられるのでした、、、。(2011年冬詠)