夏の夜の軋みて止る京津線

<その4>関西には読みにくい地名が多いですね。今回では「御陵」(みささぎ)とか、「膳所」(ぜぜ)とか。地名ではありませんが「京津線」(けいしんせん)とか、、、。御陵で乗り換えて、京津線で浜大津へ。電車は信号待ちらしく、浜大津の手前で止まっていましたが、動き出した途端にぐぐぐっと大きく右にカーブしました。まるで交差点で信号待ちをしていたバスが右折するような、電車では経験したことのない動きでした。そしてそのままゆっくりと浜大津駅に滑り込み、大きく軋みながら止ったのです。(2012年夏詠)

風さつと吹いて五月の夜の電車

<その3>やっと駅に着きました。とりあえず一息ついて、姉夫婦に別れを告げます。行先掲示板を眺め、切符を買って自動改札口へ。ちゃんと通れるのかと不安になりながら、切符を投入口に。あっという間に吸い込まれた切符は、既に向こうにちょこんと覗いています。やれやれ。路線表示を確かめながらホームへ。ほどなくしてサッと風が吹き、風を押すような形で電車が入って来ました。(2012年夏詠)

三条の橋より望む川床明り

<その2>川床は場所によって「かわどこ」と言ったり「ゆか」と言ったりするらしい。賀茂川沿いに並ぶ川床の明りを三条大橋の上から眺めました。どちらかと言うとまだ空の明るさのほうが勝っている中で、明りははんなりとした京都らしい華やかさを見せていました。川床から一段低い河川敷の薄暗がりの河岸には、多くのカップルが等間隔に並んで腰を下ろしているのが見えました。そこには、暗さと共に華やかさを増していく川床や川面とは、別の世界が形成されているように思えました。かぐや姫の歌「加茂の流れに」を思い出したりしました。(2012年夏詠)

人波に残され一人街薄暑

京都での結婚式の後大津で一泊、三井寺と義仲寺を歩きました。その時の句を書きますので、しばらくお付き合いください。<その1>姉夫婦が同じ三条から電車に乗ると言うので、「じゃあ連れてってよ」と後にくっついて式場を出ました。姉は昔京都に居たので道に詳しく、今も大阪暮らしで雑踏にも強いのです。私は田舎道を歩くのには慣れていますが、雑踏には弱い。それにお酒も少々、、、。おのずと結果は見えていて、「これが河原町通りで、こっちに行くと・・・」と説明してくれる姉の言葉は上の空で、二人の後姿を見失わないようにするのが精一杯なのでした。五月の暑い日の夕暮れでした。(2012年夏詠)

廃屋の裏も廃屋夏の蔦

吉備津神社吟行での句。吉備津神社から「はなぐり塚」への途中、何軒かの廃屋があった。吟行に行くと時々同じような場所に出会うことがある。不便な田舎暮らしをしている者にとっては、なんでこんなところに廃屋が(?)と思うような場所なのだが、最近は、それぞれの家に事情があることがよく分かる。ちょっとだけその家の裏を覗いてみたら、もう一軒廃屋があった。(2008年夏詠)

蛇の衣またあり更に長かりし

蛇嫌いの方、すみません。蛇は冬眠から覚めてしばらく経つと脱皮を始めます。年に何回ぐらい脱皮するのか分かりませんが、だいたい同じ頃に脱皮することが多いようで、一度の散歩で何回も新しい蛇の衣に出会うことがあります。衣があればその数の本体が近くに居るわけで、それなりにドキドキしながら辺りを見回したりします、、、。財布に蛇の衣を入れておくとお金が貯まるそうです。ご希望があれば実費にてお分けいたしますのでご連絡ください。(2009年夏詠)

老鶯の間近に見れば痩せてゐし

突然身近に鶯の声がして驚くことがある。それでいて、なかなか姿が見えない。声を頼りにしばらく待って、やっと見つけたと思ったらもう次の茂みに移って行く。老鶯に限らず、鶯そのものが細身の鳥で、よくあれだけの声がするものだと感心する。いつもの散歩コースで。(2009年夏詠)

節くれの指より漏るる蛍の火

私の生家は庭まで蛍が飛んで来るようなところにあったが、中学生の頃に異常に蛍の多い年があり、無数の蛍が川の形の光の帯となって川を上り下りする、夢のような光景を見たことがある。すでに投稿少年だった私はそのことを文章に書いて、中学生文芸という雑誌に投稿した。さらにその文章を読んだ国語の先生から県の作文コンクールに出せと言われて、また書き直した記憶がある。だから、光景は現実で、夢ではなかったはずなのだが、最近では自分でもわからなくなってきた。二度と見ることは無いであろうし、夢の中の光景であっても構わない、蛍の川。句とは関係ない蛍の想い出でした。(2002年夏詠)

五月雨に黙して通夜の人帰る

いよいよ梅雨ですね。通夜、葬儀がまだ自宅で行われていた頃の句です。町内のとあるお宅での通夜を終え、連れ立って雨の中を帰途につく。雨のせいもあるが、いつもは饒舌な女性陣も黙って傘の人となっている。急ぐでもなく、適度な間隔を保ったままそれぞれの自宅の前まで来ると、簡単な挨拶を交し門の中へと消えて行く。一人消え、二人消え、やがて夜の闇に一人取り残されてしまう。(1998年夏詠)