時鳥たちまち遠き声となる

私が過ごした学生寮は小高い丘を切り開いた林の中にあった。夏になるとうるさいぐらいに時鳥が鳴き交し、お盆を過ぎると波のように蜩の声が押し寄せた。とある夏の夜、疲れた眼を癒そうと窓を開けた時、赤っぽい夏の月に向かって鳴きながら飛んで行く時鳥の姿が見えた。こんな事ってホントにあるんだと、ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れるの歌を思い出した。今でも夜に時鳥の声を聞くと、時々この時のことを思う。(2011年夏詠)

塀越しに渡す回覧額の花

私の家はちょっと外れていますが、町内の多くの家は旧出雲街道沿いにあります。車がすれ違えないような道ですが、昔はこの道をボンネットバスが走っていたと言うので驚きです。そうしてみると、ボンネットバスってちいさかったんだと、子どもの頃に乗ったバスを思い出したりしてみます。ちょっと外れた私の家から回覧板を回すには自転車を使います。キキキーッとブレーキの音をさせると、Rさんの奥さんが塀の向うに顔を出す。「回覧」と言う前に「ご苦労さん」の声。自転車に跨ったまま回覧板を渡します。梅雨の晴間の額の花がきれいです。(2001年夏詠)

雨音の鈴鳴るごとし植田道

雨の畦道を歩くと、植田に降り続く雨が、まるで鈴の鳴るようにチリチリと音を立てる。育ち始めた苗の周りに、水音の数の水輪が出来て、水音の速さで次の水輪に消されていく。苗は時たまぶつかる雨粒に葉先をゆらしながら、整然と並んでいる。心地よさそうに見える。(2010年夏詠)

七人に傘の七色七変化

津山の紫陽花寺、長法寺吟行での句。あの時は皆様遠いところをお疲れさまでした。俳人の味方、雨の吟行でしたね。あれから毎年出かけていますが、今年も16日、雨の中を行って来ましたよ。まだ少し早いように思いましたが、おりしも紫陽花まつりの初日で、次々に人がみえていました。その時の写真を一枚、参道の突き当たり、薄田泣菫の碑があるところの紫陽花です。(2010年夏詠)

蕉翁の墓前で蜘蛛の囲にかかる

<その10>寺男と言うには若い男性が作務衣姿で通路の掃除をされていましたが、なかなか上までは気付かないものでしょうね。芭蕉翁の墓を詳しく見ようと身を乗り出した途端に、顔の左半分が蜘蛛の囲に、、、。これも何かの縁でしょう、、、。写真は後へ下がって写した蕉翁の墓、後に見える窓は無名庵です。蜘蛛の囲は写りませんでした。中途半端になりますが、十句になりましたので、今回の吟行記はこれで終りです。お付き合いありがとうございました。(2012年夏詠)

義仲の墓にそひけり鴨足草

<その9>義仲寺は思ったよりも小さな寺でした。山門を入ると右手に受付、資料館、左手に植え込みと土蔵があり、少し先に巴塚、木曽塚、芭蕉翁の墓と続きます。参拝者の姿はなく、受付も空っぽなので躊躇しましたが、大きな声で二三度呼ぶと、奥のほうから女性の声がしました。狭い中に句碑が点在し、無名庵、翁堂、朝日堂と建物も多く、全体的には窮屈な感じがしました。幸い人が少なかったので、ゆっくりすることが出来ましたが。(2012年夏詠)

義仲寺へ十薬の路地ぬけにけり

前半で使いすぎましたので、いきなり義仲寺へ移ります。<その8>義仲寺へは膳所駅で降りて、徒歩十分と読んでいたのですが、お寺らしい建物が見当たりません。通りがかりの同年輩の夫婦らしい二人連れに聞くと、「曲がるところを一つ間違えましたね。ちょうど近くへ行くのでご一緒しましょう」。義仲寺の話をしながら少し引き返し、左折して路地へ。路地の脇には青々と茂っている十薬が見えました。路地を抜けると左を指して、「そこですよ。じゃあこれで」と二人は道を渡って行きました。義仲寺の小さな門とお堂が見えました。案内していただいたお二人、ありがとうございました。やっぱり私の定番、路地が出てきてしまいました。(2012年夏詠)

椎古りて菩薩に零す新樹光

<その7>観音堂から微妙寺へ向かう道は、三井寺の中では最も自然な感じの林の中の小道でした。派手な色彩の毘沙門堂が左手やや上に、若楓に隠れるように建っています。紅葉の頃の美しさが想像できました。右手の大きな椎の木の下には童観音菩薩、少し行くと左手に衆宝観音と、古くはありませんがどちらも比較的大きな石仏です。木々の間から朝の光が降り注ぎ、いかにも気持ちよさそうなお顔をされていました。少し歩くと力餅の売店に出ます。そろそろ休みたい気分でしたが、時間が早すぎたせいでしょうか、閉まっていました。推敲の結果ひとみ案を採用させていただきました。ありがとうございました。(2012年夏詠)

音たてて黴の戸ひらく修行僧

<その6>翌日はホテルのフロントに荷物を預け早朝から出かけました。三井寺へは拝観時間前に着いてしまいました。広い寺領に点在する建物のそれぞれで、朝の準備が進んでいました。そんな御堂の一つ、まだ周囲の窓が板戸で閉じられていましたが、急にがたがたと音がして内側から手が現れ、一枚ずつ順番に開けられていくのです。二方向ぐらいが開いたところで、頭を丸めた作務衣姿の若い僧が顔を出し、大きな声で挨拶をしてくれました。(2012年夏詠)

脂臭きホテルの窓の夏夜風

<その5>二階にある駅の改札口を出て階段を降りると、すぐに予約しているホテルの明りが見えました。黄昏たビジネスホテルといった佇まいでした。一泊素泊まり4,500円の部屋なので、禁煙の選択肢もなく大して期待もしていませんでしたが、案の定部屋に入った途端に、ヤニの臭いで息が詰りそうでした。幸い窓が開く造りだったので開けると、四階の道路に面した窓には、街の雑音と共に気持ちのよい夜風が入って来たのです。とりあえず窓はそのままにしておいて、フロントで聞いた近くのコンビニへ食料の買出しに出かけました。ついでに缶ビールも、、、。(2012年夏詠)