寒禽の呼び合ふ声も深山かな

ホテルから程近いところに阿南公園がありました。山全体が公園のようでしたが、整備されているのは途中までで、その先には標識はあるものの、鬱蒼とした森と竹薮が広がっていました。聞こえるのは鳥の声だけの、余所者を拒むような、まさに深山です。朝の短い時間で歩けるのはこのあたりまでで、途中の山の中腹にある小さな展望台で海を眺めて引き返すのを散歩コースとしました。ほとんど人と出会うことはありませんが、それでも何度も歩くと、何人かの同じ人に出会い挨拶を交わすようになりました。<阿南4>(2011年冬詠)

旅慣れし人かこつんと寒卵

三つ目に泊ったホテル、結局ここを定宿と決めました。清潔、大浴場有り、朝食付き、全室インターネット接続可、しかも5800円。何と言っても開放感のある大浴場は、ビジネスホテル暮らしにはありがたい物です。朝食は簡単なバイキング形式で、毎日似たようなものですが、野菜は豊富でした。ホテルですからいろいろな方が泊られます。設備関係の出張工事のグループ、遍路姿の夫婦者、営業マン、、、。掲句の人は、年季の入った一昔前の商人風、私よりはだいぶ年上でしょう、賑やかな作業服姿の連中を尻目に、どこ吹く風といった風情で生卵を割る、その慣れた手つき、、、。<阿南3>(2011年冬詠)

冬菊に残る夜明の月明り

二つ目に泊ったホテル、これは失敗だったなあ。確かに禁煙で予約したつもりだったのに、ひどい煙草臭で、案の定早く起き過ぎてしまった。ホテルを出るとまだ暗く、時雨でもあったのか路面が濡れていた。ホテルは山裾にあり、そこから中腹に向かって適度な坂道が続いている。坂道を登って行くと建物が途切れ、カーブする道沿いにたくさんの菊が植えられた一角があった。反対側は畑で、空にはまだ月が残っている。菊は月の光を受け、ほの暗い中に花だけが浮いているような、幻想的な景を見せていた。<阿南2>(2011年冬詠)

冬麗や街角ごとに地蔵尊

早いものです。徳島県阿南市での暮らしが、もう一年前のことなのです。掲句は俳句手帖を見ると赴任の翌日に詠んでいます。予想される運動不足の解消と、本来の好奇心を満たすためには、朝の散歩は欠かせません。昨夜買っておいたサンドウィッチとコーヒー(うれしいことに、最初に泊ったホテルにはドリップ式のコーヒーパックが付いていました)で朝食を済ませ、フロントで貰った近辺の地図を頼りに早速出かけました。まずはホテル周辺からと出かけた街角の景、朝にもかかわらず暖か、、、。<阿南1>(2011年冬詠)

痩犬の影を引きずる冬田かな

生来の野犬ではなく、年老いて捨てられた、自分で狩など出来ないような痩せた犬を見かけることがある。首輪をしているから確かに飼犬だったのだろうが、身体は汚れ、人間不信なのだろう、決して近づくことはない。哀れに思うが、どうしてやる事も出来ない。一度飼いだしたら最後まで見てやるのが当たり前だと思うのですが、、、。(2000年冬詠)

冬河原けものの気配して静か

この辺りに住んでいる獣と言えば、狐、狸、ヌートリア、鼬、犬、猫、鼠ぐらいです。野良犬はほとんど見かけませんが、野良猫はたくさんいます。どれも顔を合わせれば逃げ出しますが、こちらに見つからないうちは枯葎の奥に隠れて、ひっそりとこちらを伺っています。それはたぶん、狐か猫ぐらいですが、気配はするものの物音一つしないのです。(2010年冬詠)

葉牡丹の同じ顔して売られけり

ホームセンターやスーパーの前には、いろいろな苗が売られていますね。花にも野菜にも、知ったものもあれば知らないものも。これを買うでもなく見るのが好きです。ちょうど葉牡丹らしい形になりかけの苗が、箱一杯に並んでいました。同じような顔をして、、、。葉牡丹ってキャベツの仲間ではなかろうかと思うのですが、どうなのでしょうか?(2010年冬詠)

着ぶくれて古本市の人となる

毎年冬に図書館の主催で古本市があります。古くなった図書館の本や一般市民から寄贈されたを無料でもらえます。昔はずいぶん大規模で、市内の空き店舗を何軒も使って開催されていました。「えっ、こんな本も!」というような良い本もたくさんありました。最近は寄贈される本も少ないのでしょう、一ヶ所だけになり、寂しくなりました。それでも毎年楽しみにしています。今年も復刻版の本がまとめてあったので、三十冊ほど貰って来ました。「碧梧桐句集 大須賀乙字選」なんていう復刻版もあります、、、。(2008年冬詠)