山よりも高き鉄塔霞みけり

山の中で過ごした小学生の頃に送電線の工事があった。通学路の頭上を横切る形で、V字型の谷の両側の山に鉄塔が建ち、やがて送電線が張られて行った。ちょうどその工事の時だったのだろう、学校の帰りに上を見ると、その頭上数十メートルの送電線に人の姿があった。どういう形だったかまでは覚えていないが、ドキドキしながらサーカスの空中ブランコでも見るような気持ちで眺めた。それ以後何年も、そこを通る度にまた見えるかも知れないと期待したが、結局実物を見たのはその一度っきりだった。時々テレビで同じような工事の場面を目にするが、この時のようにはドキドキしない、、、。掲句、本当は鉄塔が山より高い訳はないのだが、、、。(2009年春詠)

家並の途切れ城山花は葉に

昨年の津山吟行での句。天気の良い日だった。城東へ向けて伏見町あたりを歩いていると、途切れた家並の間から鶴山公園が見えた。すでに花は散り、木々は緑を濃くしつつあった。皆さんおしゃべりをしながら、ゆっくりと歩かれる。大丈夫かと心配していると、いつの間にか佳い句をたくさん詠まれている。あと一週間、暑くなく寒くなく、今年も良い天気になれば良いが、、、。(2013年春詠)

鳥除けのCD光る松の芯

サラリーマン時代のことですが、会社の倉庫の中に鳩が何羽も住み着き、何年も糞害に悩まされた事がありました。網を張ったり、CDをぶら下げたり、いろいろな対策をしましたが、安普請の倉庫にはいくらでも隙間があってどうにもなりませんでした。そんな諦めかけていた頃のことです。これまた嫌われ者の鴉が近くの桜の古木に巣をかけたのです。するとなんと、途端に居座っていた鳩が引っ越して行ったのです。災い転じて福となるとはこの事か、鴉もごみを運んだりしますが倉庫の中までは入りませんので、、、。掲句は事務所の窓の外の木に下げたCD、風が吹くと反射光が事務所を駆け巡り不評だった、、、。(2011年春詠)

湖の海にはあらず蝌蚪の紐

苫田ダムのダム湖が奥津湖である。その奥津湖を見下ろす位置に「みずの郷奥津湖」がある。本当は海が見たいのだが叶わないので、時々出かけてはここから湖を見て帰って来る。気が向けばそこから湖畔まで続く遊歩道を歩く。これからの季節は間近に鶯の声が聞こえ、私の好きな朴の花も多い。遊歩道を下りていくと、かつては田圃であったと思われる湿地や水路の跡が残り、なだらかに湖の底へと続いているのが見える。その先を辿れば、かつて通った国道や家並の風景が眠っているのである、、、。(2013年春詠)

チューリップ家庭訪問待つ庭に

家庭訪問は好きでした。たぶん、その期間は学校が早く終わるからかも知れませんね。掲句は初心の頃の句です。チューリップがきれいに咲いて、家庭訪問の日まで何とかもって欲しいと思っていましたが、結果は、、、。(1998年春詠)

車夫一人弁当使ふ柳の芽

倉敷美観地区でお馴染みの人力車の車夫が、河畔の柳の木の下に座って一人で弁当を食べていた。普段は観光客の呼び込みに余念がない車夫だが、この時ばかりは静かに自分の世界に入っているように見えた。風に揺れる芽柳の薄緑が若い車夫に似合っていた、、、。(2009年春詠)

天の日を受くる形に紫木蓮

暖かくなったと思ったら、途端にあれもこれもと咲き出し、気が付けばもう木蓮の季節になっている。白木蓮も好きだが、紫木蓮の微妙なグラデーションも良い。咲く前の莟は、いかにも「お願い、もっと光を!」と言うふうな形に見えるが、咲ききってしまえば、「もう満腹、疲れましたあ~」とばかりに頽れてしまう、、、。(2012年春詠)

囀と言ふ静けさのありにけり

私の実家は滅多に車の通らないような山の中にあります。だから雑音がありません。鳥の囀りもとてつもない静けさの中から聞こえてきます。この静けさが好きで、たまに帰ると一人で耳を澄ませます。その静けさの中で暮らしている人にとっては何でもないことで、私が「静かだなあ」と言うと決まって怪訝そうな顔をします。もっともな事で、あちこちから囀りが聞こえる中で静かと言う、私のほうがおかしいのでしょう、、、。(2013年春詠)

落花舞ふ保母は園児に追ひつけず

吟行をしていると園児達を連れた保母さんによく会う。いつも大変だろうなあと思いながら見ている。先月の吉備路吟行でも一団を見かけた。ちょうど五重塔の下のトイレに入っている時に、外を通っていく声がした。「観光客の方がいらっしゃいますからね、ちゃんと挨拶してくださいね」「はあい」「はあい」・・・。私がトイレから出た時には一団はすでに山門のほうに向かっていたが、観光客が挨拶攻めにあっていた、、、。掲句は岡山西川緑道公園で見たグラウンド風景(2013年春詠)