神木の真実枯れて梅雨茸

小さな神社の狭い境内に大木が何本も生えている。ご神木になっているため伐採も出来ず、走り根に走り根が重なり、歩くのもままならない。そんな境内の一隅に、雷でも落ちたのだろうか、幹が大きく裂け、高い位置に洞の出来た杉の古木があった。傷んではいるものの、枝には緑の葉をつけ、それなりにご神木の風格が感じられた。掲句の年、境内の一本の走り根に沿って、多量の梅雨茸が生えているのを見つけた。走り根を辿っていくとその古木に行き当たった。見上げると枝は緑を失い、既に生気は感じられなくなっていた、、、。(1999年夏詠)

めまとひを払う手つきも疲れきし

夕刻のまだ暑さの残っている時に散歩に出ると、やたらとめまといに付きまとわれることがある。それも疲れている時にかぎって多い。さらに言うと同じ道の同じあたりで付きまとわれる。これだけ重なると、さすがにいい加減にしてくれと言いたくなってくる。最初はせっせと払っていた手も、そのうち回数が減り、動かなくなってくる。向うを見ると、同じような手つきの人がやって来る、、、。(2012年夏詠)

子蟷螂構へし鎌の薄緑

掲句の蟷螂は生れてしばらく経った蟷螂。生れたばかりの蟷螂は1センチメートルほどの白い半透明の身体をしている。もちろん鎌も半透明で、いわば竹光のようなものだ。動きも遅い。先日偶然に玄関の外の柱の上部に付いていた卵から生れてくる蟷螂を見た。まだ卵のところで動かないもの、地に落ちて移動しているもの、柱を伝って下りてくるものと、すでにさまざまな方向で生きようとしている。柱を下りてくる一匹が目の前まで来た時、柱の背割りの隙間から小さな蜘蛛が現れ、あっという間に糸をかけて、柱の隙間に持ち込んでしまった。その間ほんの4秒ほどだったろうか。これが自然というものだろう。一時間ほど過ぎてもう一度見ると、あれだけいた子蟷螂の姿は完全に消えていた。何匹が安全な場所に移動出来たのだろうか。もっともその子蟷螂も一人前になるには何十匹もの他の虫たちをその鎌の餌食にするのだろうが、、、。(2000年夏詠)

道細り心の細り鳴く河鹿

時々思いつきで知らない所へ行きます。調べもしないで行くものだから、途中で進めなくなり心細くなって断念することもあります。今回はその途中、心細くなったあたりで見つけた穴場のお話です。住んでいる所だって十分に山の中ですが、県北にはもっと山奥がたくさんあります、、、。川沿いに走っていくと、川も道もどんどん細くなり、すれ違うのもままならないような渓流沿いの道になってしまいました。心細くなって車を止め、窓を開けると気持ちの良い渓流の冷気が入り、いっしょに懐かしい河鹿蛙の声が聴こえてきました。子どもの頃には毎日耳にしていた声ですが、今では実家に帰っても耳にすることがありません。それが、ここには個体数も多いようで、何匹もの声がせせらぎの音と重なり、子どもの頃の田舎に帰ったようでした。車を降りてしばらくその声を楽しみましたが、その間車は一台も通りませんでした、、、。後日ネットで調べても出てこないので、やっぱり穴場と言えるでしょうね、、、。(2012年夏詠)

張替へし網戸に猫のストレッチ

網戸の張替えも小道具を揃えると意外と簡単で、楽しくすいすいと出来てしまう。網戸と言えども、張ったばかりの透けたようで透けてない色には張がある。う~ん、なかなかの出来ではないかと、しばし自己満足に浸る。さて、と一声次の一枚に取り掛かり、ふと振り返ると先ほどの網戸で猫が伸びをしている、、、。(2010年夏詠)

蟻塚の姿なき蟻うごめける

透明な水槽や壜に砂を入れた中で蟻を飼育し横から観察するという方法は昔からありました。あれは子供だましみたいなものでしたね。近年の撮影技術の進歩は素晴らしく、蟻にしろ蜂にしろ、巣の中心にまで入り込んで、その実態を余すところなく見せてくれます。素晴らしいと言うよりも凄まじいと言えるかも知れません。地上にほんの少し砂が盛られたような蟻の巣がありました。その巣にせっせと出入りする蟻の姿を見ながら、この下にはいったい何匹の蟻が居るのだろうと、ふとそんな映像を頭の中に描いていました、、、。(2011年夏詠)

玄関を出るやするりと朝の蜘蛛

蜘蛛もどちらかと言えば嫌われることが多いですね。私は蜘蛛自体はそんなに嫌いではありませんが、見えない糸に絡まれるのは嫌ですね。掲句、出勤のため玄関を出た途端に上から蜘蛛が下りて来た。絡まれる前で良かったと、とりあえず糸ごとに生垣のほうへ移動してもらいました。朝の蜘蛛は縁起が良いと言いますが、何も無い一日でした、、、。(2011年夏詠)

空よりもまぶしき朝の植田かな

朝の、ほんの少しの時間のズレで、植田に反射する朝日が、まともに眼に入ることがあります。これは眩しい。どこを見ながら歩けば良いのだろうと思ってしまいます。昔もこうだったのでしょうか?それとも年取ったせいでしょうか、、、?(2012年夏詠)