犬と散歩をするようになってずい分になります。今は黒い大きなラブラドールですが、最初は白の小さいプードルでした。プードルは小さいのに気が強く、自分より大きな犬にも構わず吠えました。恥ずかしいぐらい吠えるので、いつもリードを引いてそそくさとすれ違っていました。ラブラドールは静かで、生まれてこの方数えるほどしか吠えたことがありません。もちろん他所の犬とすれ違っても同じです。だから飼主としては得意で、申し訳無さそうにしている人ににこやかに挨拶をして、ゆっくりと通り過ぎるのです、、、。(2003年夏詠)
投稿者: 牛二
表札の名前硬さう鉄線花
通勤途中の街角のあるお宅、昔は平屋の古い日本家屋で、老夫婦が住んでおられた。見るからに質素な佇まいのお宅で、老夫婦もまた静かな二人だった。いつの頃だったか、そのお宅が鍼灸院に変わった。変わったと言っても、入口の軒下にそれと書いた小さなボール紙がぶら下がっているだけで、お宅にとりたてて変わった様子は無かったが、老夫婦の代わりに白衣を着た中年の男性を時々見かけるようになった。それからまたしばらく時が過ぎて、そのお宅は取り壊され、二階建ての今風の家が建った。今度入られたのも老夫婦だった。ご主人は滅多に外で見かけることは無かったが、いかにも退職したばかりのような、まだ肩の辺りに力の入った管理職上がりといった感じの方だった。奥様は小さな方で、せっせといろいろな花を植えられ、一年も経つと家はすっかり花と緑に覆われた洒落た佇まいとなった。小さな門に絡まって鉄線の花が咲いたころ、ふと表札を見たら、鉄の字が入ったずいぶん硬そうな名前だった、、、。(2011年夏詠)
駅燕あまたの別れ見て育つ
また燕の句です、、、。これは津山駅の燕、久しぶりに早朝の駅頭に立ったときに、見下ろしていた子燕を見て詠んだ句です。この子燕たちは毎日沢山の人を見ているけれど、その中には出会いも別れもあるだろうなあ。出会いと別れのどちらが多いのだろう?別れのほうが駅には似合うかなあ。と、そんな事を考えているうちに、乗車の時刻になりました、、、。(2012年夏詠)
花は葉にサラリーマンは木の下へ
ハローワークやら各種手続きやらで昨年の春は瞬く間に過ぎてしまった。夏に入り少しだけ落着いた頃に誘われて岡山の句会へ出かけた。皆さん早目に来られて西川緑道公園あたりで当日句を作られると聞いていたので私も行ってみた。初めての場所なので早め早めに行動したせいか、思ったよりも早く着いた。さて吟行の前に、と、トイレを済ませ、落ち着いてあたりを見渡すと、すでに葉桜になった桜の木の下にベンチが置いてある。そしてそこには一目でそれと分かるスーツ姿の男性が座っている。同じような光景が広場のあちこちに見られた。一服していたり、鞄を抱えて手帳を眺めていたり、それは工場勤務だった私の知らない光景だった。ああ、これが平日の公園なんだと、、、。(2012年夏)
狛犬にゆれる木漏日樟若葉
どこの神社に行っても何となくパワースポット的な感じがして、身が引締るような気がします。大きな楠木も付き物でよく眼にします。大きな楠木の上には梟が住んでいたりするのですが、昼間はいたって静かな梟は眼を閉じてうつらうつら、狛犬に木洩れ日がゆれていたりするのです、、、。夜は一転、行くのを躊躇してしまいます。狐が住んでいるような噂や、その狐に若い娘さんがだまされたような話を、土地の古老はまことしやかにするのです、、、。(2003年夏詠)
なんとまあ玄関先に蛇の衣
昨日の青大将は散歩に行く河原の主のような蛇です。こちらは我家の玄関先、、、。昔から毎年現れるので、どうも先住権を持っているらしい。30Cmほどの薄茶色の蛇です。捕まえて、ちょっと離れたところに捨ててくるのですが、同じものかどうか、またしては現れます、、、。それが、あろうことか玄関先で脱皮、、、。(2011年夏詠)
女房の二の腕ほどの青大将
この辺りでは「ネズミ捕り」と呼ぶ人が多い。その呼び名の通り鼠を捕るので、嫌われる蛇の中にあっては位が高い。大きいものだと2メートルぐらいになる。太さは掲句の通り、、、。(2008年夏詠)
絵に描いた形のままに守宮死す
工場にはいろいろな生物が住み着いていた。大きいものでは鼬、鷺、ヌートリアも見たことがある。青大将、鳩、鴉、鶺鴒、雀、雲雀、蝙蝠、鼠。小さいものに団子虫、そして守宮がいる。守宮は多くはないし、どちらかというと隅っこのほうが好きなようで、目立つ存在ではなかった。ある日倉庫の隅の段ボール箱をどかすと、隣り合っていた段ボール箱に張付くようにして干からびた守宮の死骸が出てきた。いきなり段ボール箱に命を奪われたのだろう、まるで何かの絵に出てくるような身体を少し曲げ、四肢を踏ん張ったままの姿だった、、、。(2009年夏詠)
拭きあげしビールグラスや麦の秋
「グラスはねえ、拭いちゃあダメよ。熱いお湯で洗ってね、そこの布巾に伏せといて。そうするとね、曇らないのよ。曇ったグラスは嫌でしょ」と、旅館でバイトを始めた最初に住み込みのお姉さんに教えられた。この日から洗い物をすると必ずこの事を思い出す。思い出しながら、拭きあげたグラスを棚に戻している、一人の土曜日の昼、、、。(2011年夏詠)
青年の一人弓引く青葉冷
近くに作楽神社(さくらじんじゃ)がある。神社は明治時代に創建されたものだが、古くは児島高徳の故事で知られる院庄館跡である。時々思い立って出かける私の吟行地でもある。その神社の社務所の裏手に弓道場と言うにはお粗末な、広場の端に土塁を築いただけの弓の練習場がある。休日の早朝、境内を歩いていると、矢を放つ時の小気味良い音が聞こえてきた。見ると、一人の青年が袴姿で黙々と弓を引いている姿があった。他に人の姿は無く、たった一人で姿勢を正して弓を引くその姿は、矢の放たれる音と相まって、見ているだけで身が引締るように感じられる光景だった、、、。(2012年夏詠)