背表紙に残る金文字日脚伸ぶ

たぶんこの頃からだったと思います、古本市で沢山の本を貰ってくるようになったのは。古本市も今は図書館の入っているビルの一角でこじんまりと行われますが、当時は商店街の空き店舗を何ヶ所も使った、町おこしのイベントでした。一年で読み切れないほどの本を貰っていました。そんな中の一冊です。何の本だったか忘れてしまいましたが、昔の本の装丁にはずいぶん凝ったものがありました。書き手が一流なら、装丁をする方も一流。古本の黴っぽい匂いの中で、剥げかけた背表紙の文字を眺めていると、それだけでいっぱしの文士気分になれるのです、、、。(2003年春詠)

落椿拾うておれば椿落つ

「後転が出来るか?」と言うので、「後転ぐらいどうってことないだろう」とやってみたら、「あれっ?」出来ない。もう一度、「あれっ?」。勢いが足りないのかと、三度目に勢いをつけたら、グキッと首の下あたりを痛めてしまった。二三日もすれば治るでしょうが、知らない間に老化は来ているのだと痛感した次第です。皆さん、後転ぐらいと侮ってはいけませんぞ、、、。(1998年春詠)

耕して十歩に満たぬ畝作る

通っているプールの二階がジムになっています。そのジムに通っている会社の先輩に時々会います。ずいぶん前に辞められた方なので、年齢も大分上だと思いますが若々しくお元気そうで、最初に声をかけられた時にはどなたか分かりませんでした。「どうされているんですか?」とお聞きすると、ジムと畑に通うのが日課だそうです。「広くはないんだが借りてね、楽しいよ、たいした物は出来ないけどね、、、」と活き活きと話されていました。それでという訳ではないのですが、私も今年は何か植えてみようと思っています、、、。(2002年春詠)

啓蟄の出でよ出でよと鳥の声

今年は二月早々にアスファルトを這う蚯蚓を見つけて驚きましたが、結局二月は寒かったですね。寒いのは苦手です。暖かいほうが好きです。やっと待ちに待った春が来た感じです、、、。掲句の年の啓蟄は暖かで、鳥の声に溢れていました。鳥たちの声は、まるで土の中の虫たちを誘っているように聞こえました、と言うのは言い過ぎでしょうか、、、。(2011年春詠)

ひと所明るさ残し春時雨

冬の間は散歩の途中で雲行きが変わろうが、降ってくるのは雪だから全く気にならなかったが、春になるとそうは行かない。しまったと思っている間に、時雨の雲は雨の形を見せながら迫ってくる。それでもよくしたもので、濡れるほどでもなく、明るいままに通り過ぎることが多いのも春時雨。今のうちに、と犬を急かして家路を急ぐ、、、。(2013年春詠)

木蓮の芽のとがりたる空の青

会社に行く途中にあった大きな和風のお家。家の前は田圃で、農業もしながら他のこともされているような、余裕の見て取れる佇まいだった。田圃に面した庭にこの木蓮はあった。毎年きちんと手入れをされるので、毎年きれいな花をつけた。先日久しぶりにこの道を通ったら、田圃に幟旗が立って、工事が始まっていた。幟旗には某マンション経営の会社の名があった。ここにもマンションが出来るのか、マンションなんか建てられなくても、と思ったが、、、。この道を通ることもほとんど無くなり、この木蓮を見ることも無いとは思うが、隠れてしまうのは寂しい、、、。(2010年春詠)