本堂の開け放たれて黴にほふ

本山寺でお坊さんに遇ったことはありません。遇うのはいつも掃除をされている年配の方と数年前から見かけるようになった作務衣姿の若い方。修行僧ではなくて、寺男として働いておられるよう(寺男の修行?)に見えます。この日は珍しく本堂の表が大きく開かれ、二人は本堂の中に、掃除機の音も本堂からのものでした。こんな機会は滅多にない、せっかくだから中を見せて頂くことに、、、。(2014年夏詠)

近づくと見せて遠くへ時鳥

これも本山寺での句です。この時季の鳥は何と言ってもホトトギスです。木から木へ移っては鳴き、移っては鳴き、なかなか近くへは来ませんが、それでもじっと待っていると時には頭上を越えていく姿が見えることも、、、。(2014年夏詠)

万緑の山寺鳥の声ばかり

昨年アンソロジーに書いた本山寺での句です。私の田舎もそうですが、雑音が少なく耳を澄ませば(耳を澄ませなくても)四季折々の鳥の声が聞えてきます。鴉、鶯、ひよどり、ホオジロ、ホトトギス、、、。先日寄ったときには啄木鳥の大きなドラミングの音が響いていました。一瞬何かの工事の音かと思いましたが、近づけば止み、離れればまたしばらく続くのです、、、。(2014年夏詠)

少年の学なりがたし青胡桃

この近くには自生している胡桃の木がたくさんある。胡桃と言っても鬼胡桃で、小さくて殻は硬く食用にはむいていない。子供の頃に採りに行ったのはこの鬼胡桃で、石でつぶしてわずかばかりの身を取り出して食べていた。初めて栽培種の胡桃を貰ったときには、その殻の柔らかさと中身の 多さに驚いたものだった。鬼胡桃の用途と言えば細工物に使うか、私の祖父もやっていたが、二個を手の中で転がすようにして手先の運動に使うかだ。今に私にも必要になるかも知れないので、今からそれ用に何個か集めておこうと思うのだが、青胡桃のときは目に付くのに、秋になり気づいた頃にはきれいに無くなっている、、、。(2014年夏詠)

山蟻の会えば挨拶石の上

山蟻は大きくて咬まれると痛い。子供心に怖かったのを覚えています。山蟻の名の通り、本物の大きな山蟻は山へ行かなければいなかった。ある時間違えてその蟻を何かと一緒に食べたことがあります。酸っぱくて思わず吐き出したら蟻だったのですが、あれが蟻酸と言うものなのでしょうね。掲句は本山寺で久しぶりに見た山蟻、大きいので良く見えました(笑)、、、。(2014年夏詠)

降りだして蜘蛛の囲の蜘蛛ゆれ始む

面白いことを発見したと、こんな句にしてみました。大きなクモの巣の中央で動かないクモを見ていたら、雨が降り出したとたんに自分で巣をゆすりだしたのです。それも相当大きく、ユッサユッサといった感じで。これに何の意味があるのか分からないのですが、新発見、、、!(2014年夏詠)

緑蔭に入りて風のなすがまま

句会帰りに寄った道の駅、裏に田圃が見渡せる広場があり、大きなケヤキの木の下にベンチが置かれている。暑い日だった。自動販売機で買ったアイスコーヒーを傍のテーブルに置き、ドッカとそのベンチに座ると、後はもう風のなすがまま、しばらくは動く気になれなかった、、、。(2014年夏詠)