洗濯の終る音して春の月

電子音のするもの、洗濯機、冷蔵庫、湯沸しポット、炊飯器、体重計、、、、。先日も突然鳴り出したピーピーという警戒音に、二人して探し回ったが、とうとう何の音だか分からずじまいになってしまった。結果として何事も起こらなかったので良しとした。この洗濯機は二十年物で、たえずガタガタと大きな音をさせながら働いているが、終ったときには優しい静かな音がする。早く言えば、間延びした一時代前のデジタル音ということだが。(2011年春詠)

惜春や熱きシャワーを満面に

若かったね、と自分に対して思う。歳をとるなんて事は考えてもみなかった。サッと泳いで、サッとシャワーを浴びて、サッと帰っていたのは当時の事。今はゆっくり泳いで、ゆっくりジャグジーにつかり、ゆっくりシャワーを浴びて、ついでにシャンプーまでして、体重と血圧を測って帰る。とにかくクールダウンは重要で、熱きシャワーなんて持っての他なのである。(1998年春詠)

メーデーや事務所に残す電話番

携帯電話の普及でこういうこともなくなったであろうし、メーデー自体もずいぶん変わったと思う。積極的に組合活動をしたほうではなかったが、どうしても逃れられずに役員をしたこともあった。戸の開け閉めにも苦労するようなプレハブの組合事務所には、大きな電気ポットがあり、各種のカップ麺が常備されていた。もうもうと立つ紫煙の渦と、輪転機のインクの匂いと、若さだけはあった。(2002年春詠)

朝つばめ川面の影にふるるほど

時に左、時に右と舵をとりながら、実際時々は水面に触れているのだろうと思えるぐらいの位置を滑って行く。天候や風向き、気温によって餌となる虫のいる高度が異なるのだろう。いつもこうとは限らない。それにしても、すごい動体視力だと思う。(2009年春詠)

春炬燵父に無心の迷ひ猫

晩年の両親はいろんな動物を飼っていた。ある時は九官鳥であったり、ある時は亀であったり、ある時は猫であったりした。帰省する度に新たな家族が増えたり減ったり、入れ替わったりした。その猫は見慣れぬ私など気にせず炬燵の父にしっかりとスリスリし、父も「どこから来たかわからん」と言いながら満更ではなさそうな顔で餌をやるのであった。(2002年春詠)

道一つ外れ春子の榾並ぶ

「春子」は春に採れる椎茸。生家から二十メートルも行けば山に入る。たいていの道は知っているが、こんな所にと思うような所に覚えのない道があった。少し入ると行き止まり、深い日陰の中に椎茸の榾木が何列も並んだ場所に出た。ぷくぷくと丸いのや、開いたのや、瑞々しい椎茸が所狭しと生えていた。あまりに美味しそうなので、中でも美味しそうな所を見繕って数本頂いた。もちろん誰の山かは分かっているので、後でお礼をしておきました。(2009年春詠)

ふるさとは間近に笑ふ山ばかり

私の生家は小さな川を挟んで両側から山が迫ってくるような山の中にある。右を向いても山、左を向いても山、山の上に空があり、山の向うに知らない町がある。そんな幼少期だった。子どもたちは春になると弁当を持って連れ立ってお花見に出かけた。鴬が鳴きつつじの花咲く中でひとしきり遊ぶとお腹が空いてくる。時計を持っている訳ではなく、意見が一致したときがお昼となる。そもそも弁当が目的のようなものなので、食べるとすぐに帰途につく。そして、人里まで戻ってくると畑の大人たちに笑われるのである。時刻はたいてい午前10時か11時ごろだった。(2009年春詠)